「SOYO-2061」

             作:別役慎司

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物

・ソヨ
・エリー
・母

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   2061年。
   メタバース・ロボティクス研究所。TOKYO。
   無機質な白い部屋に置かれたソファが一つ、小さなストゥールが一つ。デスクが一つ。

   ソヨが罰でも受けているように決まり悪くソファに座っている。
   近くでは母がじれったく腕組みしてあちこち歩いている。

   部屋の扉が開く音。
   エリーが入ってくる。エリーは研究所の所員である。

エリー お待たせしました。最終的な検査結果ですが、問題ありません。
母 よかった!
エリー (空間を触れながら)あとは、こちらの同意書と契約書にサインを頂ければ、ソヨさんのオペレーションへと入っていけます。(ホログラム化された書類を二人の前に差し出す)
母 それではすぐに。
エリー あ、お母様。念のためにお聞きしますが、本当によろしいのですね?
母 もちろんです。わたしは娘の幸せのためならなんだってします。覚悟を決めているのです。
エリー もしこれが介護用でしたら、つまり、寝たきりだったり四肢が不自由であったりするならば保険が適用されますが、ソヨさんはまったくの健康体です。
母 費用のお話ですか? 4億くらいどうってことありません。それで娘が幸せになるなら安いものです。

   エリー、もう少しなにかいおうとしていたが、母は構わず、同意書と契約書にサインする。

エリー ソヨさん、ゆっくり考えてからでいいんですよ。
ソヨ ……。
母 考えてる暇なんてないのよ。早くサインしなさい。
エリー 今更わたしから申し上げるのも恐縮なのですが、、検査の間もずっと引っかかっていたんです。本当にソヨさんにとってこれは必要なのだろうかと。 
母 それはわたしたち家族が決めることです。
エリー ええ、そうなんですが、このメタバース・ロボティクスという領域は新しく、誰も10年後、20年後のことがわかりません。はじめは幸せでも、あとから後悔することもありうるのです。病気や障碍で他に選択肢がないというなら無条件でお薦めできますが……。
母 (じれったく)エリー博士、一体なにがおっしゃりたいんですか?
エリー わたしは、悔いなく決断して頂きたいだけでして……。
母 わたしは全てにおいて迷いなく決断してきたから成功できたのです!
ソヨ お母さん、でも、これはわたしのことだから。
母 お母さんのいうとおりにすれば間違いないわ。
ソヨ 先生、もう一度バーチャルでシミュレーションさせてもらえませんか?
エリー (にっこり微笑み)いいですよ。
母 ああ、この決断力のなさ、自信のなさ、誰に似たのかしら。
エリー 準備しますね。
母 そう、兄に似てるの! 一生部屋に引きこもってアニメとゲームをしてた。バーチャルの世界で自分の作ったキャラと結婚して、最後は自分の作った墓に入っていった。おぞましい! 一家の汚点だったわ。こんなこと二度とあってはならない。 

   エリーはその間に空中からコードを引っ張りだして、ソヨの頭部に接続する仕草をする。

エリー 準備はできました。目を開いてください。どうですか? 見えますか?
ソヨ はい。

   ソヨ、立ち上がる。

エリー 今見ているのはバーチャル空間ですが、オペレーションを終えれば、これが現実空間になります。
ソヨ こんにちは~。(手を振る)
エリー モニターをつけて、わたしたちにも見えるようにしましょう。

   映像で、公園にいる男性が映る。

エリー ソヨさんは自宅にいたまま、現実世界で自由に行動することができます。ソヨさんの代わりにアンドロイドが人生の全てを担当します。脳への正確な電気信号で、生身の身体と同じくらい五感も感じられます。ソヨさんと同期されるアンドロイドはこちらです。

   映像に美しい女性が映し出される。

エリー 2061年最新モデル。完璧な美しさを備えています。
母 素晴らしい! どんな男もあなたのことが好きになるわ。まったく新しい人生よ!
ソヨ でも、本当にアンドロイドで恋愛ができるでしょうか?
エリー わたしたちメタバース・ロボティクス研究所の調べでは、一般女性より6倍も男性は好きになるという結果が出ています。シンメトリーで欠点のない肉体を誰もが求める時代ですから。
母 わたしが若い頃は、写真を補正してたけれど、姿形をまるごと変えられるなんて夢の時代よ。
ソヨ 今は広告もほとんどがアンドロイドですもんね。
エリー わたしの友達にも、アンドロイドが彼氏の人がいますが、羨ましがられていますよ。
ソヨ LGBTQR。最近はロボットが愛の対象だという人も増えてますよね。
母 本当に素晴らしいわ! 
エリー ただ、わたしは生身の人間が好きですね……。いくら美しくても、ずっと見ていると、何も感じなくなってきます。でも、生身の人間からは、温かみや雑味や、色んなものがずっと感じられます。
ソヨ わかります。でも、だからこそ辛いんです。不完全だから、人と違うから、美しくないから、マイナスな気持ちをぶつけてくるんです。自分という人間でこの世界にいるのはもう耐えられません。
母 そうよね。もう大丈夫よ。お母さんがあなたの醜さに終止符を打ってあげるから。

   映像が切れる。シミュレーションが終わり、エリーはコードを外し始める。

エリー アンドロイドと同期した生活が始まる際に、身分証明書も変わります。ソヨさんはほぼ家から出なくなり、身体の筋肉も衰えていき、身体からくる感覚の信号もなくなっていきます。アンドロイドが体験する感覚の信号に100%置き換えられ、身体は生命維持のみが目的となります。そうなると、もう二度と元には戻れません。……その覚悟がありますか?

   間。

ソヨ たぶん、今のままだと、他に自殺するしか選択肢がありません。だから、覚悟を決めます。
母 じゃあ、サインしなさい。
エリー あ、待って。
母 なんですか?
エリー もう一度自分自身で生きてみるという選択肢は考えられませんか? 
母 何を言い出すんですか?
エリー 確かにメタバース・ロボティクスは素晴らしい技術ですが、ソヨさんはまだ若いですし、いくらでもやり直せます。本物の肉体を失うのは勿体ないです。
ソヨ もう苦しみたくないんです。
エリー 人間はアンドロイドよりも不完全で不揃いかもしれないですが、遙かに柔軟性があります。努力や工夫で、人生を変えることができるんですよ。
母 わたしたちの時代はそれでよかったですよ。この子がわたしの時代であれば、もっと努力させたでしょう。でも、今は効率化の時代でしょ? これ以上ごちゃごちゃいうなら、担当を変えていただきますよ?
エリー 申し訳ございません。
ソヨ エリー先生は、どうしてそんなにも止めようとするんですか?
エリー ……皆さんは美しいところばかりに目がいくでしょう。わたしは研究・開発する者としてアンドロイドの中身を知っています。いってみればアンドロイドの心の中です。なにもありません。からっぽです。からっぽのものを動かし、からっぽのものと人生を置き換えるんです。
母 あなたは4億出しても欲しいといっているものを、からっぽ呼ばわりするんですか? 失礼な話ですよ。あなたが社員ならわたしはクビにしますよ。ビジネスに一介の職員が主観を持ち込むんじゃありません。
エリー 申し訳ございません。新しい担当をすぐに手配いたします。
ソヨ 大丈夫です。わたし、エリー先生のことが好きだから。わたし、きっとうまくいきます。今のままだと、自分のことを嫌いなのに、好きになろうとしたり、できないのわかってるのに努力して変えようとしたり、ずっと苦しい無駄な抵抗が続くと思うんです。自分のアンドロイドができたら、遠慮なく自分のことを嫌いっていって捨てられる。そう考えると、気持ちが明るく、軽くなるんです! 

   ソヨ、サインをする。

エリー ……。それでは二つの書類にサイン頂きましたので、アンドロイドのご導入を進めてまいります。

   エリー、ホログラムの書類をしまう動作をする。

母 安心したわ。これでソヨは外に出しても恥ずかしくない子になります。お金はすぐに振り込みます。失礼。

   母、退場。
   ソヨ、ソファに座る。

エリー お隣いいですか?
ソヨ はい。
エリー (ソヨの隣に座る)……。
ソヨ おかしな人だと思いますよね、わたしも母も。
エリー 気持ちはわかるのですが、どこか人間として越えてはいけない領域にいってしまっているような気がして。本当はとっくに越えてしまっているのに、まだ越えていないように錯覚してるだけかもとか……。
ソヨ 母は、完璧主義で、成功者で、全てをコントロールできなければ気が済まない人です。わたしのように、負け犬で、他人に振り回される、無能な娘は許せないんですよ。
エリー お母様のためではなく、ソヨさん自身の幸せを選んで下さいね。
ソヨ ありがとうございます。先生は、ご自分のことが好きですか?
エリー ええ、好きですよ。でも、犯罪者のように感じるときは好きじゃない。
ソヨ 先生は技術を支える側で、選択するのはわたしたちですから、気にしなくていいですよ。現にメタバース・ロボティクスは多くの人の役に立っています。わたしは自分のことが嫌いだったから、そのぶんアンドロイドのことを好きになりますね。
エリー わたしからみれば、なにも問題もないのに……。あなたはかわいいわ。心の美しさがにじみ出ている。
ソヨ (少し照れる)

   母、戻ってくる。

母 振り込みました。
エリー (立ち上がり)それでは、明日からオペレーションに向けて準備を進めていきましょう。
母 なんて最高のプレゼントなのかしら、ねぇ、ソヨ? お母さんに感謝しなさい。
ソヨ はい。

   ソヨ、エリーの前に進み出てハグする。
   生身の身体で感じる感触を味わう。

母 なにしてるのよ、恥ずかしい。いくわよ。

   母、退場。
   ソヨ、なぜか涙が流れていることに驚く。
   二人、数秒見つめ合う。
   ソヨ、隠すようにお辞儀をして、母を追いかける。
   エリーは少し大きなため息をつき、複雑な善悪の葛藤のなかにいる。ソファに座り、心臓を掴むように胸を手で掴む。からっぽではない、痛む心に苦しむ。

   幕。

 

 

 

 

 

 

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