第8回 「ナショナル・シアター」

世界NO.1の劇場

 ナショナル・シアター(Royal National Theatre)とはすなわち、英国の国立劇場を指す。普段はNTといったり、RNTと表記されたりする。テムズ川の南に位置し(South Bank of the River Thamesと呼ばれる)、ウォーター・ルー駅から徒歩5分程度の所にある。

  現在は、Olivier Theatre、Lyttleton Theatre、Cottesloe Theatre、Loft Theatreの四つの劇場がある。この四つは、全く種類の違う劇場だ。オリヴィエは、ピーター・ホールが設計に携わった劇場で、ギリシアのエピダウロス劇場を模している。すなわち、ギリシアの円形劇場のような形である。オリヴィエは1160人収容するメイン劇場であるが、観客がゆるやかに取り囲み、舞台機能も多彩な非常にいい劇空間である。リトルトンは、いわゆるプロセニアム・ステージ(額縁舞台)である。それほど、観客との距離を近くしなくていい作品(例えば、観て楽しいコメディーなど)にはいい。客席数は890人収容する。コテスロー劇場は、収容人数200〜400人のブラックボックスである。大抵は観客が二方向から観て、長方形のアクティングエリアが創られる。この床は抜けることが出来るので、床下から人が出てきたり、花を咲かせたりすることができる。自由で多彩な使い方が出来るし、客との距離が近く、悲劇には向いている。ロフトは、最近出来た、若手のための狭いスペースで、主に実験劇が行われる。しかしながら、今年のオリヴィエ賞に、このロフトで発表された戯曲がノミネートされているから侮れない。

  このように多彩な劇場で、英国の顔となる劇場であるが、蜷川幸雄といった海外の、しかもアジアの演出家の作品も舞台に載せたり、30そこそこの演出家を起用したり、実験劇も行ったりと、保守的な面はなく、常に最前線を走っている。

  NTが誕生したのは1962年。最初の公演が打たれたのはその翌年である。初代の芸術監督は、かのローレンス・オリヴィエである。最初から順風満帆に行くことはなく、オリヴィエは経営や演出、出演など全ての面で奔走した。しかし、英国演劇は、ここから世界最高のレベルへと着実に歩み始めたのだ。1964年にはオリヴィエ主演の「オセロー」が大成功している。

  1972年からはピーター・ホールが芸術監督となる。そして、ホールの歴史的な演出作品といえば、1981年の「The Oresteia」三部作である。また1985年にはビル・ブライデン演出で、これまた伝説的な作品となった三部作「The Mysteries」が上演される。この作品は1999年、ミレニアムを前にして再演された。15年も前の作品なのに、全てにおいて圧倒的で刺激的で、創造的であったことに驚いたものだ。

  1989年からはリチャード・エアーが芸術監督となる。1990年から1993年にかけて、デビッド・ヘアーの三部作(「Racing Demon」「Murmuring Judges」「The Absence of War」)が上演されている。その他にも、数々の名作を生み出し続けている。

  1998年から現在まで芸術監督を務めるのはトレヴァー・ナンである。しかし、彼が芸術監督でいるのも今年までである。彼は、ナショナルの顔としてコンスタントに優れた作品を演出し、観客の期待に応えてきた。彼がNTを去るのは非常に残念だ。彼は、俳優と長期契約し、カンパニーとして多数の作品を創るという手段をとった。その分アンサンブルのある作品を創れるからだ。

  正直、ウェストエンドの作品では、レベルが低いものが近年多い。Almeidaや、Donmar Warehouseなど、商業的ではなく、優れた作品を創ることに専念した劇場は別だが、安い値段で高確率で、世界でトップクラスの舞台を観ようと思えば、NTに足を運ぶしかない。ここは、スタンバイチケット(学生と高齢者の当日券割引)が安く、1500円程度で観られるのだから、演劇を学ぶ若者は通い詰めになる。

  日本の芝居を100本観るより、一週間休みを取って、NTに観に行くべきだ。絶対に損はしない。また、ここのブックショップもお薦めだ。
 
 

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