第5回 「ブリテン」

人種の混在する社会

 今回は、イギリスの人種社会に焦点を当ててみたいと思います。
  かつて、「大英帝国」を誇示していたイギリスも、植民地時代の終わりと共に、支配下であった国は次々と独立。新しい出来事としては、1997年に香港が中国に帰還されました。

  そして、1950年から65年頃まで、経済的な理由などで移民が盛んになります。カリブの人たちや、アジア、インドといった多方面から、全く違う言語・宗教・文化をもった人々が押し寄せてきたのです。このことが様々な影響を及ぼしたことはいうまでもありません。

  移民たちが自国の生活習慣や宗教を捨てることはありえず、小さな社会集団を築きあげるに至ります。しかし、そのことがイギリスの文化と衝突しないわけはなく、暮らしていくのはつらいものがあったでしょうし、差別も受けました。イギリスの社会制度などに適応しなければならない葛藤もありましたし、故国への愛慕もあったことでしょう。

  そんななかで、イギリスの文化にとけこんでしまったものといえば、食事でしょう。イギリスには多くのインディアンレストランやチャイナレストランがあり、ファーストフード型の店も、フィッシュ&チップスほど規模はありませんが、定着しています。イギリス料理と呼ばれるものがロースト・チキンやフィッシュ&チップスくらいしかないこの国、旅行者に「料理がまずい」といわれる背景にはこのことがあるのです。移民たちがおいしい食事文化を持ち込んでくれたのでそれに頼っているのです。

  移民のピークから数十年経った現在では、どのような問題が考えられるでしょうか。移民たちの子供たちはどうなのでしょう。生活習慣や文化に馴染んだ今、楽だとは考えられますが、馴染むまでに経てきた時間が子供たちに皮肉な問題を提示します。「いったいぼくらは何人なのだろう」ということです。子供たちは、英国籍を持ち、英語を母国語として話し、イギリスの教育を受けます。本当の母国を知らないまま……。彼らの「アイデンティティー」はとても弱く危ういのです。ここが日本人と全く異なるところですね。日本人は、当然のように「日本人」というアイデンティティーを持っています。

  子供たちが、学校で差別を受けたときには、この問題は更に深刻化します。当然家族の問題にも関わりますし、なにより子供たち自身の成長に大きく影響します。自分が何人であるかもわからず、よそ者扱いされたままで、なにかの目標と存在理由を見つけ、力強く成長していくのは困難なことだと想像されます。 そして、さらに彼らの子供が産まれ育つとき、どのような状況になっているでしょうか。未だ、多くの解決しない問題を残しています。

  しかし、人種の混在する社会というのは、とてもユニークで刺激的です。日本とは全く違うので、日本人は少なからずカルチャーショックを受けるでしょう。イギリスに来れば、考え方の枠が外れ、「日本人」の物の見方から、「人間」の物の見方に変わることでしょう。これは非常に貴重な経験です。他国と比べてみると、多くの共通点、相違点を発見できるはずです。物事をグローバルな視野で見られるということは、とても素晴らしく、大事なことです。「他」を知ることは「自」を知る最も有益な手段ですから。

  様々な人種の人たちの輪の中に入ってみれば、肌や目の色、体格は違うものの、「同じ人間なんだなぁ」ということを実感できることと思います。ぼくらは結構似通った存在なのです。たったそのことを知るだけでも、非常に大きなことではないでしょうか。

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