別役慎司
・テン Ten……21歳、大学生
・アヤ Aya……18歳、高校生
新宿御苑の塀に寄りかかり、人気のまばらな通りに向けて敷物を敷き、自作の詩集を売っている若者がいる。
テン(21)は、風貌は今時の大学生という感じだが、他人と違うというささやかな抵抗が少し奇抜なスニーカーやアクセサリー
に現れている。街頭の人間を観察しているときもあれば、スマホを見ているときもあり、詩集を売るという意識は感じられない。
そこに高校生らしき少女が一人現れ、怪訝な顔つきでテンを見る。
アヤ(18)もまた、風貌は今時の高校生という感じで、髪の毛を部分的に染め、人生へのけだるさが服の着こなしに現れている。
スマホを見ているところにアヤが近づく。
しばらく、反応を見ている。
アヤ 注意されないんですかぁ? こんなところにいて。
テン なに?
アヤ うわ、態度悪。
テン 公共のルールに反してるとでもいいたいわけ?
アヤ なにしてるんですか?
テン、「詩集100円」と書いたダンボールを見せる。
アヤ ホームレスみたい。
テン ホームレスが、こんな立派な詩集作らないでしょ。
アヤ (詩集を手に取る)絶対100円以上かかってるじゃん。もしかして、バカですか?
テン 勝手に触んないで。
アヤ いいじゃん。中身見られるのが嫌なの?
テン しゃがむとパンツ見えるよ。
アヤ うわ、それが目的? 安いわけだ。変態だね。
テン それが目的なら指摘しないよ。
アヤ 大丈夫。ハーパン履いてるから。
テン 君、学校は?
アヤ 詩、書いてるなんて、キモいね。
テン なんでだよ、質問に答えろよ。
アヤ あ~、そうやって若い女の子と会話するのを待ってるんだ。
テン どこのオッサンだよ。するかよ。
アヤ 売れる?
テン つーか、詩集100円って書いてるけど、100円受け取るんじゃなくてあげるんだよ。
アヤ は?
テン 100円あげるから、詩集持ってってってこと。
アヤ バカですか?
テン 別に金稼ぎたいわけじゃねーからな。だったらバイトでもしてるし。
アヤ 確かに。
テン 君、名前は?
アヤ うわ、暗っ。なんか暗いのばっか。
テン (ため息をつく)
アヤ ちょっと座布団貸して。
アヤ、座布団を奪い取って、テンの横に座って詩集を読む。
テン 君、名前は?
アヤ アヤ。
テン (やっと答えたという顔)そんで学校は?
アヤ 今日はそんな気分じゃない。なんかさぁ、批判するつもりはないんだけど、twitterの愚痴を美しく書きましたー的な感じだね。
テン ……。
アヤ 現代の若者の叫び的な?
テン いいよ。(詩集を奪う)
アヤ もらうから、100円ちょうだい。
テン お前さぁ、初対面の人相手によくヅケヅケいえんね?
アヤ そういう性格だもん。ね、ね、なんで詩なの? 表現したきゃ、ブログとかインスタとかでもいいじゃん。
テン みんなやってんじゃん。
アヤ もっと見てもらうんだったら、ネットでしょ?
テン それはわかるけど、ネットだと、氾濫しすぎてて、言葉が死ぬ。こういう滅びかけの詩集だから、細々生き残るんだよ。シェイクスピアなんて、400年以上経っても残ってんだぞ。
アヤ ああいう人は特別でしょ。
テン おれが特別じゃないって保証あんのかよ。
間。
アヤ あ~、あれだね……
テン 中二病とでもいいたいわけ?
アヤ 自己顕示欲が強い。
テン 難しい言葉知ってんな。
アヤ いっとくけど、結構有名校に通ってるから。頭良かったんだから。
テン 過去の栄光。
アヤ バカになったけど、今のほうが栄光だよ。
テン なにを根拠に?
アヤ レールの上をスムーズに走るのが栄光? あんたもあれでしょ……
テン あんたっていうな。
アヤ 名前なによ。
テン テン。
アヤ (思い出したように)ちょっと人の名前聞いといて、自分名乗ってなかったじゃん。
テン 話があっちゃこっちゃ……「あれ」ってなんだよ?
アヤ あんたもレールに乗っていたくない人でしょ?
テン またいった。
アヤ 特別でいたいから、「あんた」なんていわれるのも嫌なんだよ。
テン 誰でも嫌だろ。
アヤ あなた。
テン は?
アヤ あ・な・た。
テン なに?
アヤ っていわれると気持ちいいんでしょ?
テン バカにしてるでしょ?
アヤ テンってどんな字書くの?
テン (空を指さす)
アヤ へ~。(笑顔を見せる)あたしと一緒だ。
テン お前、アヤだろ。
アヤ お前っていうな。
テン ……。
アヤ アヤって愛の矢って書くんだ。
テン ……で?
アヤ キューピッド。テンって天使の天でしょ?
テン (納得いって)あぁ。
アヤ 天使の詩でも書いたら? あ、いい!
テン はぁ? なんでだよ。
アヤ 暗い詩ばかり書いてるじゃん。ネガティブなことばっか吐き出して、有害だよ、テンがやってることは。
テン 空想に耽って、現実が見えてないやつよりはマシだろ。おれは、現実を見せつけてやりたいんだよ。なにもわかってないやつらにチクリとでも刺さればいいんだ。
アヤ (あまり刺さらず)ふ~ん。
テン なんだよ?
アヤ そういう人いっぱいいない? 現実は見えてるよ。だって夢がないもん。だから、現実よりも人が見えていないものを詩にしたら?
テン 見えていないもの?
アヤ そ。だから、天使。天使って、絵画にも聖書にも書かれてるじゃん? 誰か本当に見た人いるのかなぁ。シェイクスピアの詩みたいに、創作物のなかで生き続けてるのかもね?
テン 空想だと思わないわけ?
アヤ 空想で生き続けてるってすごくない? 現実なんか、すぐに色あせて、消えていくんだよ。
テン 確かに。
アヤ 特別であろうとしたって、みんな同じように消えていくよ。
テン 天使ね。
アヤ 本当はずっといるのに、わたしたちが現実ばかり見てっから、見えないのかもね。
テン かもしれないな。天使が見えたらなぁ。
アヤ わたし、天使っていると思うんだよね。
テン いるよ、きっと。
アヤ 本気でそう思う?
テン まぁ、書いてみるよ。天使の詩。
アヤ おぅ。
テン ちょっと刺さった。
アヤ キューピッドの矢が?
テン (笑う)
アヤ あたしも、探すもの決めよ。(立ち上がる)
テン できたら、読んでよ。
アヤ 天使の詩?
テン うん。
アヤ ちゃんと見つけてよ。
テン わかった。
間。
アヤ じゃね。
テン おう。
アヤ、去る。
テン、アヤを見送り、座布団を自分の所に戻す。
しばらく天を見て、立ち上がり、詩集をゴミ箱に捨て、敷物と荷物を持って去る。
幕。
・トミオ Tomio……40歳、会社社長
・サエコ Saeko……30歳、会社員
夜。都内のタワーマンション。リビング。
ソファに座り、女性が男性の肩をマッサージしている。
サエコ(30)は、上場企業の会社員で、美や生き方に対する意識も強い。ディナー帰りのため、少し華美な服装をしている。
トミオ(40)は、ベンチャー企業の社長で、いくつかの飲食店と美容関係の事業を手がけている。トミオはジャケットをソファの端にかけており、ワイシャツの上のボタンを外して、リラックスモードである。
サエコ トミオの後ろに座ってたお客さん見た?
トミオ 見ないよ、サエコを見てたんだから。
サエコ (くすっと笑い)あれ、婚活中のカップルよね。無理したんだろうなぁ。ああいうお店に行き慣れてないくせに、恥かきたくないからよね、「お薦めは?」って連発しちゃってて、笑いそうになっちゃった。
トミオ (あまり関心なく)そうなの?
サエコ っていうか、チラチラ斜め後ろの女の子見てたよね。
トミオ そんなことないよ。
サエコ 誕生日だし、サプライズとかあるのかと思っちゃった。
トミオ サプライズって?
サエコ 指輪とか出てくるかなって。
短い間。
トミオ おれの誕生日だしね。
サエコ 関係ないでしょ。
トミオ いつプレゼントが出てくるのかと思ったよ。っていうか、このマッサージがプレゼント?
サエコ あとでゆっくり楽しめるでしょ?
トミオ (少し下品に笑う)
サエコ そろそろ潮時なんじゃないかな~?
トミオ 潮時ってなに? 潮時って、望まないけど決断せざるを得ないときに使うんだぞ。
サエコ なにかを諦めるときに使うでしょ。
トミオ なにを諦めるんだ? おれは何事も諦めない男だよ。
サエコ 独身生活。
トミオ なんでいきなりそんな話?
サエコ 一個前からこの話よ。(力を入れる)
トミオ いたっ。
サエコ 手のマッサージしてあげる。
サエコ、横にずれ、トミオの手を取る。
トミオ ビジネスが楽しいからな~。
サエコ なにが楽しいの?
トミオ 思い通りにうまくいくって気持ちいいんだよ。
サエコ、マッサージしているのとは逆の手を伸ばし、トミオのスマホを取る。
サエコ ちょっと力入れるね。
トミオ おお、効くね……。
その間に、トミオの親指をスマホに当てて、ロックを解除する。トミオは気づいていない。
サエコ 結局まだ女遊びしたいだけじゃないの~?
トミオ (笑って)いや、おれレベル高い女しか興味ないから。
サエコ は?
トミオ え? 褒めたんだけど。(振り返る)
サエコ (スマホを巧妙に隠し)褒めてないし。褒めるんなら、「サエコしか興味ないよ」でしょ? レベル高い女なら興味あるんだ~。(スマホを睨みながら)若くて、レベルの高い子?
トミオ お前もまだまだ若いよ。
サエコ、トミオの腕をねじ曲げる。
トミオ いだだ! なに? 褒めてんじゃん!
サエコ というか、この子たちなんなの?
トミオ え?
サエコ これだよ!
目の前にスマホをつきつける。
トミオ うわっ、なに勝手に見てんだよ!
サエコ (力を入れて腕をねじ上げ)なにって聞いてんの! 誰よ、この子たち。
トミオ 返せよ!
サエコ え、ちょっと待って! 5とか7とかなにこれ? 「いいよーっ」てなにがいいの?
トミオ ふざけるなよ、サエコ!
サエコ なにって聞いてんの?
トミオ サエコ、愛してる。
サエコ そんなこと聞いてないよ。これお金でし ょ?
トミオ 違う!
サエコ 食事3、ホテル10ってなに!
トミオ そいつはレベル高いな。
サエコ 死ね!
トミオ いだだだ……!!
サエコ、トミオを放して、離れる。手で顔を覆う。
トミオ なんだよ、お前……。あの、あれだよ? パパ活って付き合うわけじゃないから、愛してるのはお前だよ。
サエコ あ~、ゲロ吐きそう。
トミオ やめて、カーペット200万だから。
サエコ、近くのものを投げつける。
トミオ それも高い!
サエコ 女子大生に金あげれるんなら、これくらいすぐ買い直せるでしょ! バカじゃないの、金持ってりゃ、なんでもできて、全部許されると思ってんの? あたしの思いを返しなさいよ!
トミオ お前だって、まんざらでもなかったじゃん……。
サエコ は?
トミオ 食事したり、プレゼント買ったり、お前もそういうのがいいんだろ?
サエコ、ハッとして沈黙。
サエコ ……あたしもおかしかった。金持ってる人なら、幸せとか安定がセットになってると思ってた……。なにか買ってくれたり、連れて行ってもらったら、自由を手に入れてると思ってた……。バカだ。
トミオ まぁまぁ。あれだ、ワインでも飲もう。
トミオ、キッチンへ。
サエコ、呆然とソファに座る。
トミオ、ワインとワイングラス、ワインオープナーを持ってきて、サイドテーブルに置く。
トミオ おれの誕生日祝い。はは。
トミオがワインを開けて、注ぐ間、ずっとサエコはどんよりと考え込んでいる。
トミオ、ワイングラスをサエコに手渡そうとするが、サエコは目に入りさえしない。
トミオ かんぱーい。
テーブル上のサエコのワイングラスにカチンと当てて、飲む。
トミオ うまい。うん、ボージョレーヌーボーより、やっぱり熟成したワインのほうがうまい。
間。
褒めたつもりだという顔のトミオ。
サエコ 30で焦ってたけど、まだ30じゃんね。なんでもできるよ、あたし。
間。
サエコ 結婚しないと負け組だって発想どこから出たんだろ? こんなクソ男でも、成功するんだし、あたしだって起業してやろうかな。
トミオ あ、いいんじゃない。いいビジネスなら出資してやるよ。
サエコ なんでいつも上から目線なの? なんでこんな自信にときめいたんだろ? 一歩離れて見たらウザいだけだわ。
トミオ お前、口悪いな。
トミオ、思い出したように詩集を持ってくる。
トミオ これ。道端で詩集を売ってるやつがいて、お情けで買ってやろうと思ったら、逆に100円くれてさ。悪いから、仕事に困ったら連絡しなって名刺渡しといた。(詩集を開き)
「誰の目にも映らない 香りさえもしない
君が心にいるというのなら 聞かせておくれよ 天使の鼓動」
サエコ (耐えきれず)ちょっとやめてくれる? もう怒ったり、呆れたり、反省したり、奮起したりで忙しい!
トミオ だから天使の詩集で落ち着いてもらおうと。
サエコ ふざけてるでしょ!
トミオ いや、サエコは神社とか仏像が好きじゃん? だからそういうのビジネスにしたら? 面倒見もいいし、カウンセリングとか。天使もいいんじゃない?
サエコ え? なんでビジネスという得意領域に持っていこうとしてるの? あたしのこと引き止めるなら謝罪でしょ? そんで女の連絡先全部消すことでしょ?
トミオ いや、もうなんか無理っぽいから。
サエコ え? 無理っぽいから、ワイン飲んで、天使の詩集を朗読するの?
トミオ せめて応援しようと。
サエコ あたしも悪かったわ。
サエコ、バッグを持ち、カーディガンをつかむ。
サエコ さようなら。
トミオ (サエコをつかむ)……天使っていると思う?
カチンと来て、無言で去る。
トミオ、失敗したと思う。トミオ、ソファに座る。
トミオ 「お前が天使だ」っていおうとしたのに……。(呟くように)金のほうがいいわ……。
幕。
・テツ Tetsu ……26歳。会社員。
・ミキ Miki ……33歳。会社員。
都内。6階建てのマンションと8階建てのマンションが隣り合っている。その距離は2mほどしか離れていない。その6階部分。
夜11時頃。
左側のマンションに住んでいるのがミキ。ミキはお菓子を食べながらYouTubeにアップされているアニメに夢中になっている。
ミキ 最高。ヤバい。この台詞何回聞いてもいいわ~。(もう一度聞いたり、堪能している)
右側のマンションに住んでいるのがテツ。
ちょうど会社から帰宅したようで、疲れたようにジャケットを脱ぎ、ネクタイをゆるめ、しばらく座り込む。ため息をついたり、頭を抱え込んだりしている。
ミキ そうだ! タクヤ様の舞台の情報、今日発表だ!(YouTubeを停止し、検索し始める)スケジュールはもう押さえてるんだよね。(情報を見て)嘘! 「エンジェルソード」の続編なんだ? うわー! ということは、タクヤ様のアレックスがまた見れるってこと? 来たー! 待ってましたよ、わたしは。っていうか、この劇場どこ、聞いたことないし? 誰か情報教えて~。こういうときはtwitter……。ありがと~。え、客席数50しかないの? 至近距離でタクヤ様を仰ぐって、死ねってこと?
テツが死んだ目で、茫然と、ベランダに出てくる。
ミキ え? 「突然ですが、twitter限定で先行予約受付」? 待って待って……。ヤバ。電波が……しっかりしてよ!
ミキ、ベランダに出てくる。
ミキ 来た来た。この申し込みフォーム入れたらいいのね? 限定10名でしょ? 間に合え! よーし、いったー!
うるさいという不快な表情をするテツ。
ミキ、向かい側のテツに気づく。
ミキ あ、ごめんなさい。(慌てて部屋の中に入ろうとする)
テツ (ぼそっと)バカじゃないの……。
ミキ (ピタっと止まって)は? 今、なんつった?
テツ 呑気にギャーギャー騒いで。なに? アイドルとか? 恥ずかしくないの?
ミキ 声優だよ。人がなに好きだろうが勝手だろ。お前こそ、よくベランダ出てなにやってんだよ。下着ドロかと思って、前カメラ設置してチェックしたけど、ずっとため息ついてて、暗すぎんだよ。
テツ はぁ? なに? カメラで撮ってたの?
ミキ お前、それで手すりに手かけて、こっち覗いてんのかと思ったら、下見つめててさ、恐いんだよ。死ぬ気? マジでやめて。超迷惑。
テツ (動揺する)
ミキ え、え? ホントに死のうと思ってたの? ヤバいって、ちょっと、警察に連絡するよ。
テツ あー、待って!
間。
テツ あの……よかったら、話聞いてもらっていいですか?
ミキ は? なんで?
テツ だって、このままだと死んじゃいますよ。
ミキ ちょっと待って、話が急すぎる。
テツ もう遺書も書いてて、もうあの会社に行くなんて耐えられないから、今日……。
ミキ ちょっと落ち着こう。うん、落ち着こう。話は聞くから。あの……ここ寒いから、上着取ってきていい?
テツ (頷く)
ミキ、部屋に入り、カーテンで隠す。
ミキ (隙間からこっそりうかがいながらスマホで110番する)あの、すみません、マンションの向かい側の男性が飛び降りそうになってまして……
テツ、ふらふらと手すりに近づき、下を覗く。それを見て、急いでミキはベランダに出る。
ミキ しっかり立って! 男でしょ!
テツ 吸い込まれそうになって……。
ミキ 下見ないで! 直立不動!
ミキ、また部屋に入り、警察に伝えながら、部屋の奥へ。
テツ ……神様なんていないんだよ。そうだろ? 告白したときだって、声優のオーディション受けたときだって、就活のときだって、何度神様にお願いしたかわからない。三十箇所くらい、神社にも行った。世の中、うまくいく奴もいればうまくいかない奴もいる……。勝つ者と負ける者……。もういいよ。生まれ変わったら宇宙人にでもしてくれ。
ミキ、上着を羽織り、温かい飲み物が入ったマグカップを二つ持ってくる。ベランダへ。
ミキ あの……寒いでしょ。これ、ココア、飲む?
テツ (心打たれて)ありがとうございます……。
ミキ どうぞ。
ミキ、一生懸命、マグカップを渡そうとする。しかし、あと少しで届かない。テツ、落ちそうになる。悲鳴を上げるミキ。
ミキ ビックリした。これで死なれたら、あたしのせいになってたよ。
テツ パスしてください。
ミキ え? 投げるってこと?
テツ はい。
ミキ え……?
テツ 大丈夫です。キャッチします。小学校のときに野球やってたんで、大丈夫です。
ミキ 意味わからない。じゃあ、いきますよ。
ミキ、マグカップを投げる。テツ、キャッチするが、壮絶に飛び散る。
テツ あちちち!!
ミキ だからいったのよ!
テツ 大丈夫です。半分くらい残ってます。
ミキ それ大丈夫っていわないよ。あなたの大丈夫の基準ってなに?
テツ (飲んで)おいしいです。
ミキ ワイシャツとか、ココアまみれになってるじゃないですか。クリーニングしますよ。
テツ いいんです。もう死にますから。最後の晩餐、ありがとうございます。
ミキ 死に急がないで! ココアつけたまま、飛び降りないで! 頼むから。あの……そもそもなにがあったんですか?
テツ、うつむいて黙り込む。
ミキの携帯にメールが入る。それを見る。
ミキ あ、やった。チケット取れた。よかったー。あ、ごめんなさい。
沈黙。
ミキ (じれったく)会社がブラック企業で、上司からパワハラ受けて、恋人もできないとか、そんな感じですか?
テツ (驚いて)なんでわかったんですか?
ミキ 大体そんなものでしょ?
テツ ……そうなんです。毎日残業でノルマもきつく、上司からいつも人格を否定するような怒鳴られ方をして。
ミキ よく聞く話よね。なんとかしようと努力してみたの?
テツ もちろん。会社は辞めさせてくれるわけないし、辞められてもどうやって食べていけばいいのか?
ミキ 貯金してないんですか?
テツ いくらかはあります。
ミキ じゃあ、しばらくは食べていけるじゃないですか。お金あるのに死のうと思ってたんですか? 勿体ない。わたしなんて、舞台を観に行ったり、グッズを買ったり、万年金欠ですよ。死ぬくらいだったら、くださいよ。わたしがたっぷり楽しんであげます。
テツ そんな簡単じゃないんですよ。
ミキ 無理だって決めつけてるだけでしょ? 本気で行動を起こしてみたらどうですか?
テツ 元気な人はそういえますけどね、もうなんの気力も起きないんです。静かにこの人生を終わらせられればそれでいい……。
重い間。
ミキ 死ぬ勇気はあるんですね?
テツ ……正直、その勇気もありません。
ミキ だって、結局会社に行ってるわけですもんね? ベランダに出ても、死ぬことができず。
テツ その通りです……。
ミキ じゃあ、行動起こすしかないですよ。
テツ どうすればいいんですか?
ミキ いや、それは……ん……考える余裕もないか。あ、そうだ! すごいいいこと思いついた。
テツ 声優の舞台観に行くことなら嫌ですよ。
ミキ あのさ、こっちに解決策委ねたくせに、聞く前から否定するのやめてくれる?
テツ ごめんなさい。
ミキ いい人紹介しますよ。
テツ 女性ですか?
ミキ うわ、初めて目が輝いた。そういうのじゃなくて、ちょっと高いけど、相談に乗ってくれるすごい先生いるから。
テツ 怪しいですね。
ミキ 怪しい会社に勤めてるくらいなんだから、気にしないの。
テツ どんな人ですか?
ミキ 天使の声を聞いてくれる人。
テツ うわぁ(引く)。
ミキ どうせ死ぬつもりなら、経験しといても悪くないでしょ。普段ロサンゼルスにいるんだけど、今日本にいるんだよね。
テツ そんなすごい人なんですね。
ミキ そ。わたしの大学の先輩なんだけどね。
テツ 一緒に来てくれますか?
ミキ え……。
テツ 一緒に来てくれるなら行きます。
ミキ マジか。
テツ お金なら出します!
ミキ やめてそういうの。わかったから。じゃあ、予約取れるか、確認したら連絡しますね。といっても……
テツ ここで待機してます。寒空のなか待機するのは慣れています!
ミキ なんの自慢? う~ん、じゃあ、(しぶしぶ)連絡先交換しますか?
テツ わかりました。
ミキ、携帯を取り出す。テツ、ポケットをまさぐる。携帯を取り出す。
ミキ LINEでいいですか?
テツ はい。
お互い、ベランダから手を伸ばして繋がろうとするが、距離が足りない。
テツ あ、じゃあ、マグカップを洗って返しますので、下で。
ミキ そうですね。
テツ はは。何ヶ月も、飛び降りることできないのに、歩いていけばすぐじゃないか。
ミキ はい?
テツ なんでもないです。
ミキ じゃあ、下で。
ミキ、部屋の中に入る。
テツ 天使か……。神様は遠いところにいて、近くにいるのは天使なのかも。
テツの笑顔に希望がにじんでいる。ミキの部屋の電気が消えたのを見て、テツも急いでベランダから部屋の中へ。
・ルミカ Rumika ……20歳前後。
・セイラ Seira ……30歳前後。
・トウコ Toko ……30歳前後。
アロマキャンドルが5~6個、火が灯っていて、やはり5~6個の残骸が近くにある。
周りは暗いが、明るいテンションの女性が3名いる。
トウコ 違うって、ミュージシャンなんて売れなきゃフリーターと変わらないんだから。
セイラ そうだよね。どんな職業でも、どれだけ稼いでいるかでステータス変わるよね。
ルミカ それでいうと、セイラさんじゃないですか?
セイラ なんで? わたしただのパートやってる主婦だよ。
ルミカ 旦那さんが稼いでるでしょ?
トウコ そうだよ。
セイラ 異議あり。うちの旦那、400いかないよ。それに、旦那の稼ぎでいうなら、ルミカはお父様の稼ぎになるでしょ。
トウコ 納得。どれくらい?
ルミカ 議題からずれてきてないですか? 「職業」ですよね?
トウコ いいから、いってみ。
ルミカ 2000くらいじゃないですか。
セイラ ほらー、(指さして)堕天使ー!
トウコ (指さして)堕天使ー!
ルミカ えー、またですか!
セイラ お父さん、なにやってんの?
ルミカ 大学教授です。
セイラ お~、それは堕天使だわ。
トウコ よーし、次いこう!
セイラ お題は、じゃあ、「これまで付き合った一番スペックの高い男性」ってのはどう?
ルミカ あ、面白そうですね。
トウコ それだと、あたしら不利じゃね? ルミカちゃんより10年は多く生きてるんだから。
セイラ まぁいいじゃん。せーの。
「天使、堕天使、パタパタ」と3人声を合わせる。天使のとき指を上に向け、堕天使のとき指を下に向け、パタパタのときには、手で羽ばたく仕草をする。
セイラ じゃあいきます。わたしは高校の……
トウコ 高校?
セイラ あんたつっこみが早いんだよ。高校3年のときに付き合ってた同じクラスの子が、野球部のキャプテンだった。
トウコ おー。
ルミカ 強かったんですか?
セイラ 県大会の準決勝まではいったよ。すごいモテてたし。
トウコ 顔は?
セイラ まぁ、普通かな、今思えば。トウコは?
トウコ わたしは、今の彼氏が一番かな。作詞作曲で食べていけてるし、声優のバンドに曲を提供してて、アニメの主題歌になったこともあるからね。
セイラ 超えたね。
トウコ でも、見た目は中の下だよ。
セイラ 超えてる超えてる。ルミカは?
ルミカ わたしは、まだ付き合ったことないです。
トウコ マジで? そんなにかわいいのに?
ルミカ そんなことないですよ。
セイラ 親も金持ちなのに?
トウコ そこは関係ないでしょ。
セイラ もったいない。
トウコ 今の子、恋愛も面倒くさいって子いるもんね。
ルミカ 面倒くさいわけじゃないんですけど。
セイラ 男もガツガツいかないからな~。
トウコ 放射能のせいで精子が減ってるらしいよ。
セイラ それ、なんの情報?
ルミカ トウコさんが堕天使ですか?
セイラ そうだね。(指さして)堕天使ー!
ルミカ (指さして)堕天使ー!
トウコ つーか、マジで腹減ったね。
セイラ 減った。
ルミカ 次堕天使になった人、探しにいくってのはどうですか?
トウコ (嫌な顔をして)え~、探すなら、みんなでいこうよ~。
セイラ サクっと決めよう。じゃあ、ルミカ、お題ちょうだい。
ルミカ そうですね。じゃあ、「一ヶ月にかける洋服代」はどうですか?
セイラ いいね。わたし主婦だもん。月1万も絶対いかない。基本ユニクロ。
トウコ 天使だわ~。あたしは、なんだかんだ衣裳でいくな~。
セイラ 衣裳買ってるの?
トウコ そうだよ。たぶん月3万から5万くらい。なにげにレザーとか高いし。
セイラ 古着買えばいいのに。
トウコ そうなんだけどねぇ。ルミカちゃんは?
ルミカ わたし……10万くらいです。
トウコ えー!
セイラ 父親からの小遣いだ。甘いな、大学教授。
トウコ 堕天使だ、これは。10万って!
ルミカ わたし、少ないほうだと思ってました。
トウコ 堕天使だ~。だいぶ地獄までいってるぞ。
セイラ 金銭感覚違うじゃん! そんなに毎月買うものある?
ルミカ でも、1~2着くらいですよ。
トウコ 堕天使だ~。単価が高いぞ。
セイラ わたしも結婚する前はそんな時代もあったけど。
ルミカ 買ってくれることも多いんですよね。
トウコ 墜ちろ~。
セイラ え、お父さんが買ってくれるの?
ルミカ お父さんもですけど……。
セイラ え、彼氏いないっていってたよね。
ルミカ 彼氏ではないんです。
トウコ 出たよ。
セイラ お父さんが他にもいるんだ。
ルミカ 食事だけで3万とかくれるんで。
トウコ それ、どういう仕組みになってるの? 一度聞いてみたかったわ。こっちはパトロンほしくても見つかんないから、キモい作詞作曲家と付き合ってるのに。
ルミカ 仕組みですか? 3っていえば3万くれます。それでノーといわれても、イエスっていってくれる人にいきます。
セイラ ちょっと、ちょっと、サラリーマンと結婚したわたしとしては、忸怩たる思いに駆られるよ。
トウコ なにいってんの、天使じゃん。
セイラ そうだ。(指さして)堕天使ー!
トウコ (指さして)堕天使ー!
間。
セイラ いやぁ、こう思うと悪くない時代だったよね。
トウコ ちょっと、もう終わった感じでいわないで。
セイラ 外の様子はわからないけど、さすがに終わったでしょ。
ルミカ 少なくとも、元の状態には戻らないでしょうね。
セイラ わたしらの生活も、東京もね。
トウコ 東京以外もヤバいでしょ。
ルミカ 全然情報がわからないですね。
セイラ (横になり)あ~、救助くるかな?
トウコ (立ち上がり)とりあえず、食べ物探しにいく?
セイラ うん……。
ルミカ 天使も堕天使も、平等に地獄に落ちたわけですね。
沈黙。
どんどん悲壮感が出てくる。
トウコ、新しいキャンドルに火を灯す。
トウコ (キャンドルを持って)探しに行こう。命だって、平等に与えられたものでしょ。
セイラ うん……生きよう。
セイラ、動かない。
ルミカ 人と比較して、他人より優れていたいと思って、執拗に追い求めて、がんばって。手に入れた人もいるけど、手に入れられない人のほうが大勢で。その結果、全てをなくしてもまだ生きようとするってなんなんでしょうかね?
セイラ 失ってしまうと、追い求めていたものってなんだったんだろうと思うよね。
トウコ 人間って最初はただ生きたいという思いだけだったのかもね。それが、よりよく生きたいとなり、人よりよくありたいとか、人と違った生き方がしたいと思うようになり、いつのまにか「もっともっと」ってなった。でも、それが人間の進化とか時代の変化ってものじゃないのかな? 追い求めることが悪いとは思わないよ。
セイラ、起き上がる。
セイラ わたしはいいけど……子どもは……。なんの天罰よ……。
セイラ、泣く。
ルミカ、キャンドルに火をつけて、セイラに渡す。セイラは反応しないので、セイラの前に置く。そしてもう一つキャンドルをつけて、自分が手に持つ。
ルミカ 神様が平等に命を与えてくれているというなら、天罰で命を落とすなんて矛盾してます。ですから天罰なんてないんですよ。……ただ命を精一杯燃やすことが、わたしたちの使命であり、許された自由なんです。
沈黙。
トウコ ……こんな風に考え込むから嫌なのよ。さ、行きましょう。生きるために。
セイラ、目の前のキャンドルを手に取って、立ち上がる。
三人、退場。
幕。
・リュウ Ryu ……33歳。
・マリン Marin ……35歳。
サンタモニカのとあるアパート。
玄関前に、リュックサックを背負った旅行者風の男性リュウが、緊張した様子で現れる。スマホで住所を確認しながら、ブザーを押す。
リュウ あの……予約しているリュウです。
ひらひらとした裾をなびかせ、軽やかな白と青色の服を着たマリンが現れる。玄関の扉を開ける。
マリン ああ、どうぞいらっしゃい。
リュウ あ、靴のままでいいですか?
マリン 大丈夫です。こちらへどうぞ。わざわざありがとうございます。
ソファに案内する。
マリン LAに来て、どのくらいになるんですか?
リュウ 初日です。さっき到着したところです。
マリン そうなんですか。それはお疲れでしょうに。
リュウ、部屋の中を見渡す。
リュウ すごい大きな部屋ですね。ぼくもこんなところに住めるようになりたいです。
マリン 全然たいしたことありませんよ。(ソファに座り、相談申し込み書類を見る)リュウさんは、俳優さんなんですね。
リュウ はい。日本の事務所に所属し、10年やってきました。
マリン がんばってこられたんですね。
リュウ マリンさんの本は読みました。天使と話すことができるって本当ですか?
マリン ええ、もちろん。
リュウ 確かに成功してらっしゃるし、迷いというものがないですよね。天使が未来を教えてくれているからですか?
マリン 天使がいてくれるだけで、安心できるんですよ。
リュウ ぼくは、ずっと迷っていて、未来が恐いんです。それって未来がわからないからだと思うんです。
マリン 未来はわからなくてもいいんですよ。
リュウ それは、天使がいれば成功できるからですか?
召使いがハーブティーを持ってくる。
リュウはお礼を言い、マリンが促し、リュウが一口飲む。
リュウ マリンさんの天使に、ぼくがハリウッドで成功できるか聞いてもらえませんか?
マリン よく勘違いされるんですけど、わたしは占い師でもないですし、未来を予言したりもしません。
リュウ え……。
マリン わたしは、天使の見つけ方を教えているだけです。天使はこの部屋にいます。どうぞ見つけて帰ってくださいね。(微笑む)
当惑するリュウ。ハーブティーを飲むマリン。
マリン わたしが天使を見つけたときは、小さな小さなものでした。それが今はとても大きくなりました。
リュウ (空中を掻きながら)もしかして、部屋いっぱいに?
マリン リュウさんは俳優としてのご自身のキャリアをどう感じていますか?
リュウ 常に不遇という感じです。日本では、俳優はマリオネットのようなものです。綺麗に作られたマリオネットほどよく売れる。能力なんて関係ない。そんなアンフェアな場所で頑張るのはもう疲れました。
間。
マリン わたしも最初はただの会社員で、ギュウ詰めの電車に乗って生活のためにただ働く退屈な毎日でした。
リュウ どうやって天使を見つけたんですか? その……とにかくぼくは成功したいんです。変えたいんです。
間。
リュウ 今のぼくはなんだって犠牲にできます。事務所も、家も、恋人も、全部捨ててきました。ぼくには覚悟があります。あとは未来だけなんです!
マリン そんなに成功することが大切ですか?
リュウ 未来はわからないんですか? いってくださいよ、あなたは必ず成功するって。過去も捨てて、未来も真っ暗なら、ぼくはもうどうすれば……。
マリン 深呼吸してください。天使はこういっています。違うところを探してって。
リュウ (リュックから刃物を取り出す)ぼくは、あなたの天使を奪ってでも人生を変えるつもりです。
マリン (驚き)リュウさん、そんなことできな いんですよ。落ち着いてください!
リュウ 天使を奪うことができないなら、あなたを人質に取って、ぼくが成功できるように力を貸してもらう!
マリン 天使は心の中にいるんです。あなたの心の中に見つけないといけないんですよ!
リュウ マリンさん、ぼくは全部を捨てたんじゃない。全部がぼくを捨てたんです。なにもないんです。手に入れるしかないんですよ!
マリン 聞いてください。天使はあなたの心の中にずっといるんです!
リュウ 心の中にいるとか、そんなごまかしはいいんです。ぼくはもう騙されない! あなたもそうやって金儲けをしている人ですか?
マリン、手を広げて、そのまま近づき、リュウを抱きしめる。
呆然と動かないリュウ。
マリン このぬくもりが天使です。心から捧げるものが天使です。人は天使を幻だといいますけどね、リュウさん、成功こそ幻です。
リュウ 成功しているあなたがいうことですか… …。
マリン この世のものはなにもかもが消えていきますが、愛だけが残ります。天使とは、愛のことです。あとは、あなたが見つけるしかありません。
リュウの刃物を持つ手が緩み、マリンが受け取る。
リュウは、まだ、理解が追いついていない様子。
マリン 難しいことではありませんよ。全ての人の心に天使がいるんですから。あなたにも必ずいます。信じていれば、必ず天使は見つかります。
リュウ、ソファに座る。
リュウ ……見つけたら、未来を教えてくれますかね?
マリン まだ来ていない未来よりも、今自分の中にある愛を見つめてください。そうすれば自然と導かれていきますよ。
リュウ、唇を噛みしめ立ち上がり、荷物を持ち、頭を下げる。
立ち去ろうとするリュウに、天使の羽のブレスレットを差し出す。
受け取るリュウ。
マリン、玄関で見送る。
幕。
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