■登場人物

・須暁(すぎょう) 一哉(いちや)(32)
・有村(ありむら) 淑絵(よしえ)(27)
・長谷部(はせべ) 麗(れい)(27)
・高梨(たかなし) 米太郎(こめたろう)(30)
・高梨(たかなし) 満里子(まりこ)(30)
・飯合(めしあい) 哲平(てっぺい)(25)
・望月(もちづき) 広海地(ひろみち)(35)
・八田(はった) 愛子(あいこ)(40)
・大幹(おおみき) 繭(まゆ)(24)
・滝(たき) 結宇(ゆう)(26)
・榎木(えのき) マリオ(23)
・ウェイトレス
・婦人警官

 

 

 

 

SCENE1 (ACT1)

   レストラン。
   一哉と麗が向かい合ってエレガントに食事をしている。

麗 言葉は慣れたの?
一哉 まぁな。
麗 さすがに最初は苦労したでしょ。
一哉 いや、でも英語が通じるから楽だったよ。
麗 授業は?
一哉 おれが取ったコースはほとんど英語だったよ。世界中から学生が集まってるし、スウェーデン人自体が、みんなバイリンガルだからね。
麗 じゃあ、スウェーデン語はマスターできなかったの?
一哉 う~ん、いや、さすがに二年もいたし、そこそこは。彼女が教えてくれたし。
麗 彼女?
一哉 行ってる間、一年くらいかな? 付き合ってた彼女。
麗 へー、そぅ。勉強しに行ったくせに、女つかまえてたんだ。
一哉 語学を学ぶには最適でしょ。
麗 最低だね。へー。どんな子?
一哉 どんな子って、まぁ、いいじゃん。
麗 ブロンドなんだ。
一哉 まぁ。
麗 へー。
一哉 なんだよ。
麗 まぁ、別に自由だけどね。
一哉 そうだよ。
麗 勉強の妨げになるからって別れたんじゃなかったっけ?
一哉 ん?
麗 一方的に決めて留学したくせに、現地でちゃっかり女の子つかまえてんだ。
一哉 遠距離になってまで付き合う意味が見いだせないから別れたんだよ。勉強の妨げじゃない。
麗 そうだったっけ?

   間。

一哉 まだ根に持ってんの?
麗 持ってないわよ。

   マリオがズボンのチャックを直しながら戻ってくる。
   向かい合っている二人の奥に座る。そして、食事を再開する。
   一哉と麗は、(特に一哉は)たまにマリオの汚い食べ方を気にする。

麗 正直、一哉がいなくなって、せいせいしたわ。
一哉 そうだろう。
麗 冷たい態度は、変わらないのね?
一哉 冷たいか?
麗 自覚ないの? 友達出来なかったでしょ。
一哉 勉強しにいってんだし。
麗 でも彼女は作るんだ。
一哉 語学。
麗 それが冷たいっていうのよ。まぁ、一哉が本気で人を愛するなんてありえないか。
マリオ 愛。

   二人、マリオを見る。 
   マリオ、笑顔。

一哉 お前の愛もどうかと思うよ。
麗 なに?
一哉 恋は盲目というか。もう、いい年なんだから、ちゃんと相手を見極めた方がいいんじゃないか?
麗 あんたにいわれたくないよ。

   マリオ、フォークから肉が転がり、テーブルの下に。
   テーブルに潜って、取ろうとする。

一哉 まぁ、おれにいう資格はないかもしれないけど、でも誰だってそう思うんじゃないかな?
マリオ ちょっと……足ゴメンね。

   一哉、足をどかす。マリオ、肉を取る。
   麗、マリオをコツンと蹴る。

マリオ 蹴られた……。(拾った肉を食べる)
麗 少なくとも、一哉みたいに冷たい男とは付き合わないし、ちゃんと愛してくれる相手を探してるつもり。
マリオ (笑顔で)愛。

   二人、マリオを見る。

一哉 おれにはよくわからないよ。
麗 優しいし、一哉と違って、甘えてもくれるし。一哉は甘え方知らないもんね。
一哉 甘えたいと思わない。
麗 そこがかわいくないのよ。いつも大人ぶっちゃって。
一哉 子供っぽいよりはよくないか?
麗 母性本能をくすぐるのかな?
一哉 ふ~ん。ところで、麗。彼は何人なの?
麗 日本人とメキシコ人のハーフ。
一哉 そう。
麗 かっこいいでしょ?
一哉 ん~……。どこまで日本語わかるの?
麗 ペラペラよ。
一哉 あぁ、そう。あの……なんで連れてきたの?
麗 本人の前で失礼ね。
一哉 食事に夢中で聞いてないよ。
麗 マリオ。
マリオ あい。
麗 あいじゃなくて、ハイでしょ。 
一哉 ハイもおかしくないか?
麗 もっと会話に参加していいのよ。
マリオ う~ん、おいしいね。
麗 そうね。
一哉 ……。ホントに日本語わかってるの?
麗 日本の大学出てるんだから。
一哉 あぁ、そうなの。……なんか、意外だわ。
麗 なにが?
一哉 麗が、こんな男と付き合ってるなんて。
麗 本人の前で、なにそれ。なに? 妬いてんの?
一哉 は?
麗 そっかー。でも、別れを切り出したのは一哉だからね。今更後悔しても遅いから。
一哉 いや、なんの後悔もしてないよ。
麗 いつまでも、あんたのこと好きだと思ったら大間違い。 
一哉 思ってないよ。
麗 じゃあ、なんでマリオのこと悪くいうの? 仲良くしてよ。
一哉 仲良くするも、ずっと食べてるのはこいつだろ。 
麗 あたしの彼にこいつとかいわないで。
一哉 どこに惚れたの?
麗 なにが不満なの。いっとくけど、あたし一哉とやり直す気なんてないから。
一哉 誰もそんなこといってない。(マリオ)どこで麗と知り合ったの、君? 
マリオ あ~……六本木。
一哉 ナンパ?
麗 違う。
マリオ クラブ。
一哉 ナンパじゃん。
麗 そんなことない。
マリオ 声かけた。
一哉 ほら。
麗 もぅ、ケチつけないでよ。あたしがどこで誰と知り合おうとあたしの勝手じゃん!
一哉 そりゃそうだ。
マリオ カニ料理の。
一哉 そっちのクラブ?
マリオ ううん、冗談。
一哉 なんなんだ、こいつは!
麗 こいつっていわないで!

   間。

マリオ みんな仲良くしようね。
一哉 あぁ、悪かったよ。
マリオ 愛。
一哉 口癖?
麗 マリオは誰にでも優しいの。誰にでも冷たい一哉とは正反対。 
一哉 ほら、仲良くしようっていってるじゃない。
マリオ (ワイングラスを掲げ)おかわり。

   沈黙。
ウェイトレス、ボトルワインを持ってくる。
マリオ、ワインを入れてもらう。
ウェイトレス、退場。

麗 ……留学の成果はあったの?
一哉 当たり前だ。学内のコンペにも優勝した。
麗 すごいじゃない。
一哉 これから、どんどん活躍していくよ。
麗 ふ~ん。お父様の事務所に入るの?
一哉 というか、おれが所長になる。親父は引退したんだ。
麗 そうなの?
一哉 あぁ。留学終わったら跡を継ぐって約束だったからな。
麗 まだ現役でいけるでしょ?
一哉 遊びたいんだろ? ハワイに永住するとさ。
麗 へぇ~。じゃあ、順風満帆だね。
一哉 いや、そうでもないよ。事務所の連中は向上心のないのんびり屋ばかりだから、これから改革していかないといけないし、事務所もかなり老朽化してる。おれのセンスを生かせる仕事を見つけて、徐々に実績を作りながら、新しく変えていかないと。 
麗 結婚する気とかないの?
一哉 誰と?
麗 誰とでも構わないけど。仕事しか考えてないの?
一哉 結婚願望はないなぁ。
麗 うちの会社、いい子たくさんいるよ。紹介してあげようか?
一哉 どうせなら仕事を紹介してくれ。
麗 構わないよ。
一哉 本当に?
麗 今度、表参道に新しい店舗を出すことになっているんだ。その設計を任せてあげようか?
一哉 マジで? それは嬉しいわ。是非!
麗 ついでにうちの子紹介してあげる。
一哉 だからいいって。なんでそんなこというんだよ。
麗 (哀れみの眼差しで)だって、あたしはもうあなたのものじゃないんだよ? 
一哉 (笑いつつ)わかってるよ。誰もヨリを戻してくれなんて頼んでない。
麗 まぁ、一哉みたいな冷たい男には勿体ないかな? 紹介したい子はたくさんいるんだけど。
マリオ その子と人生設計。
一哉 (驚き)うまいこというなぁ。
麗 頭いいんだから。
マリオ (一哉の肩を叩いて、笑顔で)大丈夫。うまくいくよ。
一哉 (引きつり笑い)……ありがとう……。
麗 じゃあ、今度うちの課の担当者を紹介するわ。
一哉 (喜び)ありがとう。

   音楽。

 

 

 

 

 

 

 

SCENE2

   ハセベウォッチ社内。事業本部新規事業課。
   打ち合わせ用のテーブル。
   繭は雑誌を読んでおり、結宇はコーヒーを飲みながら資料に目を通している。

繭 (ぶつぶつと)麗ちゃんは……双子座だったよね…………あぁ、あんまりよくないねぇ。……結宇ちゃんは……。(結宇に)結宇ちゃん。
結宇 ……。
繭 ねぇ、結宇ちゃんったら。
結宇 なにー?
繭 星座何だったっけ?
結宇 獅子座。
繭 あ、そうだ。
結宇 占い?
繭 うん。
結宇 あたし都合のいいことしか信じないから。
繭 そっかぁ。(雑誌を置く)
結宇 ちょっと。せめて都合がいいことかどうかを判断させてよ。(雑誌を取る)気になるじゃん……。

   結宇、占いの場所を探して、チェックを始める。
   繭、覗きこむ。
   結宇の真剣さを確認して、結宇のコーヒーを取って飲もうとする。

結宇 それ、あたしのだから。
繭 んー。
結宇 自分で入れてきなよ。
繭 ケチぃ。そこ読んでよ。「友人のためを思ってしてあげることが、自分の幸運にもつながります」だよ。
結宇 む、飲んでいいよ。
繭 やったー。

   そこに淑絵が現れる。

淑絵 まーた、サボってる。
結宇 繭が余計なこと言い出すんだもん。
繭 淑絵ちゃんも読んでみたら、占い?
淑絵 あたしなんでも信じちゃうから、良くないこと書いてると、ホントに沈んじゃうんだよね。
繭 じゃあ、いいことだけ読んであげる!(雑誌を奪う)
結宇 ちょっとー。まだ読んでる最中なんだけどー!
繭 淑絵ちゃんは山羊座だっけ?
淑絵 射手座。
繭 えーっと……仕事運は、周囲の人に認められ、活躍の場が広がるでしょうだって。
淑絵 おー。
繭 健康運は…………飛ばして。
淑絵 悪いんだー!
結宇 気になるじゃん。
繭 健康運はそこそこってことで。……恋愛・結婚運は、かなりいいよー。
結宇 お、お。
繭 「映画のように劇的で運命的な恋が始まりそう。この時期はインスピレーションに任せて」だって。
結宇 おー。でもよくそういうフレーズ聞くよね。
繭 ごめん、これ山羊座だった。
結宇 なんだよー。
淑絵 あたしね、恋愛する気まったくないんだよね。
繭 なんでー?
淑絵 結婚とか、非現実的。あたしみたいな女と一緒になったって、不幸になるだけだよ。
繭 そんなことないよー。
淑絵 だって、面倒じゃない?
結宇 いや。淑絵の場合は逆に理解してくれる人と出会って、サポートしてもらった方がいいよ。
淑絵 そんな物好きいないよ。
結宇 いるって。
繭 運命、運命。
淑絵 あたしはずっと独身でいるのが運命だと思ってる。
繭 ネガティブすぎる!
結宇 もてるんだからさぁ、あたしなんかよりずっと選択権あると思うよ。
淑絵 寄ってきたところで、引かれるのがオチだって。
結宇 それはうわべだけの浅い男だよ。
淑絵 ま、あたしはこうやって職場にも復帰できて、仕事をできるだけで最高に幸せなの。楽しく仕事をしていければそれで十分。
結宇 う~ん、でも、いつまでも一人で生活していけないでしょ?
繭 また発作で倒れたらどうするの?
淑絵 そのときは繭にすがる。
繭 あ~ん、淑絵ちゃん~(淑絵に抱きつく)。
結宇 そういうわけにはいかないでしょ。心配だなぁ。
淑絵 でも、食事さえ気をつけていれば大丈夫だから。
結宇 どういう男性が好みなの? どういう男性だったら結婚してもいいと思える?
淑絵 う~ん……ユーモアがあって、しっかりしていて、夢がある人。
結宇 ふんふん。(メモを取る)
淑絵 それとやっぱり、あたしのことを理解してくれる人。
結宇 ふんふん。(メモを取る)
淑絵 メモ取ってどうするの?
結宇 まぁまぁ。あたしに任せて。
繭 わたしも協力するー。
淑絵 あたし一切出会い求めてないから。それより、麗は? 
繭 麗ちゃんはまだ会社に来てないよー。
淑絵 なんで?
繭 新しい彼が出来たじゃない? なんか彼のことで今トラブってるみたい。
淑絵 なに、トラブルって?
繭 わかんない。
淑絵 ちょっとー。いくら社長の娘だからって、ちゃんとやってくれないかなぁ。

   麗、疲れた表情で、飛び込んでくる。

麗 ごめん!
淑絵 麗ー!
繭 大丈夫、麗ちゃん?
麗 大丈夫じゃない! いや、大丈夫! あー、もう疲れた。
結宇 なにがあったの?
麗 ううん、なんでもないの。大したことないから。
結宇 そう。
麗 いや、大したことあるー! ちょっとしばらくバタンキューさせて。
淑絵 ダメだよ。10時からミーティングなんだから。もう過ぎてるよ。
麗 淑絵、厳しいー。
淑絵 次のプロジェクトは、あたしが責任者になるんでしょ?
麗 そんな、病み上がりなんだから、頑張らなくても……。
淑絵 ダメ! あたしは仕事に燃えてるんだから!
麗 はいはいわかりました。ちゃんと淑絵がやりやすいように進めてるから安心して。淑絵 ホント?
麗 うん。あたしの知り合いの建築家に……っていうかお茶ちょうだい。
繭 了解。
淑絵 知り合いの建築家に?
結宇 (淑絵の台詞に割って入って)ねぇ、結局何があったの?
麗 マリオがさぁ、食い逃げしたみたいで。
結宇 えー?
麗 食い逃げって言い方ひどいよね。無銭飲食?
結宇 大差ないよ。その人、ちょっとまずいんじゃない?
麗 いや、悪気はないの。習慣の違いじゃないかな? 「メキシコでは、ツケが当たり前」っていってたから。
結宇 え? ツケって言葉知ってるくらい日本にいて、外食の習慣わからないかな?
淑絵 は・や・く。ミーティング。
麗 わかってますよ。でもお茶を飲んでから。
淑絵 おばあちゃんみたいなこといわないで。
結宇 ねぇ、それ、食い逃げして捕まって、下手ないいわけしてただけじゃないの?
麗 違うよ。彼は純粋な心の塊なんだから。
結宇 お金持ってなかったの?
麗 いや、この前お小遣いあげたばかりだけど。
淑絵 麗!
麗 わかりましたって。仕事しますよ。
淑絵 彼氏にお小遣いをあげるなんておかしい!
麗 そっち?
結宇 そりゃ、淑絵だってつっこむよ。
麗 だって、お金に困ってるんだよ。メキシコから来て、言葉もうまく通じなくて……
結宇 ハーフでしょ?

   一瞬の間。

麗 ハーフでも喋れない人いっぱいいるでしょ! 給料も低く抑えられて……風当たりの強い東京で暮らしてるんだよ。むしろ救ってあげないと。
淑絵 そっかぁ。
麗 恋愛って、試練がつきものだよねぇ。
繭 はい、お茶。
麗 ありがとう。
繭 そのマリオさんが、警察に捕まってたの?
麗 警察は免れたんだけどね、あたしがすぐに駆けつけてお金を払ったから。それで遅刻したの。もう、朝から「助けてくれ」なんて電話もらいたくない~。 
淑絵 うん、まぁ、それは二人の問題だしね。麗が解決させるとして……その知り合いの……
結宇 社長はなんていってるの?
麗 パパ? パパには内緒にしてるよ。
淑絵 もー! いつになったらミーティングが始まるの!
麗 はいはい、わかりました。
結宇 ごめんなさい。
淑絵 で! その知り合いの建築家というのは?
麗 あぁ、ちょうどスウェーデンに留学してた建築家の友達が帰国して、事務所を継いでるみたいだから、彼に次の店舗の設計を任せるのはどうかなと思って。
淑絵 なるほど。センスは信頼できるの?
麗 まぁ、一級建築士だし、向こうのコンペでも賞を獲ったとかいってたよ。
淑絵 すごい! それいいね! 設計料高くない?
麗 いくつか弱みは知ってるし。
結宇 え?
麗 まだ若いし、独立したばかりだし、向こうも仕事をほしがってるし。
淑絵 じゃあ、予算も大丈夫そうだね。
麗 ただ……性格的にどうかなぁ?
繭 性格悪いの?
麗 完璧主義だから。
淑絵 好都合じゃない。麗の友達ならやりやすそう。
麗 悪い人じゃないね。
繭 よかったね。
淑絵 あたしの職場復帰第一弾プロジェクトだからね。仲良くやっていけるといいなぁ。
麗 とりあえず、口頭ではそんな話をしたけれど、直接こちらのコンセプトや予算やその他諸々を伝えて、具体的に進めないといけないから。打ち合わせの日取りを決めて、あちらの事務所にでも伺いましょう。
淑絵 そうだね。
麗 ハセベウォッチの出店は全国で22店舗目。特に今シーズンは、会社を挙げて「マリッジウォッチ」を前面にアピールしていくので、それにふさわしい店舗になるといいね。
繭 「ハッピーウェディング」。
麗 うん。店舗に関しては、これまで市場調査を中心に行ってきた繭と結宇は、淑絵をリーダーに、三人で出店までを進めていきましょう。あたしは引き続き、人事部と店舗スタッフについて、また宣伝部と広告について話を進めていきます。
淑絵・繭・結宇 はい。
麗 じゃあ、先方の事務所に……ええっと、名刺が……
繭 麗ちゃん、そういえば今月の占いは最悪だったよ。
麗 なんでこのタイミングでいう?

   音楽。

 

 

 

 

 

 

 

SCENE3

   須暁建築事務所。
   中央に紗のパーテーション(2組並べるとデスクエリアがちょうど隠れる)があり、その奥に所長デスク。   
   下手側中央に、飯合と望月のデスクが向かい合わせであり、上手側手前に応接用のテーブル。(これらは他のシーンでも使用)また、上手側奥には小型の書類ラックがあり、上には電話がある。
   客席からは見えない上手袖が出入り口や給湯室となっている。

   飯合、八田が既に勤務している。飯合は美少女フィギュアを眺めて、引き出しに入れる。八田はサンドイッチを食べている。

飯合 (あくびをする)
八田 (時計を気にしながら)ヒロちゃん、大丈夫かなぁ?
飯合 (立ち上がり、外をうかがう)

   望月が息を切らして入ってくる。

八田 あ、よかった、間に合った!
望月 なんとか……
八田 心配した~。
望月 どうも……
飯合 朝からストレスたまりますよね。
八田 わたし、起きなきゃいけないってプレッシャーで寝付けないもの。
望月 いや、でも、遅刻するのはよくないことですから。
飯合 あとは所長ですね。
八田 遅れればいいんだ。
飯合 必ず5分前に到着しますよ。
八田 遅れろ。
望月 (汗を拭きながら)八田さん、悪くいうのはよくありませんよ。

   一哉、カフェのコーヒーを片手に余裕の顔つきで現れる。

八田 (悔しそうに)ああ!
一哉 おはよう。
三人 (兵士のように緊張して立ち)おはようございます。

   一哉、飯合の前に来る。
   飯合、身を縮ませる。

一哉 (服を見回し)……うん。いいね。
飯合 (ほっとする)
一哉 あの汚い服は捨てたか?
飯合 あ……今度、捨てます。
一哉 (飯合のシャツの襟をめくり)黄ばんでる。
飯合 すみません。
一哉 クリーニングに出せ。な?
飯合 はい。
一哉 美しいデザインを売り物にしてるんだ。建築事務所というのは。その所員が汚い格好をしているなどありえない。(テーブルを見て)少しは片づいたけど、もう少しなんとかならないか?
飯合 でも……全部すぐ使うものですし。
一哉 フィギュアは?
飯合 (兵士のように)撤去いたしました。
一哉 (引き出しを開け始める)
飯合 あ……ちょっと……
一哉 (フィギュアの山を見つける)必要なものか?
飯合 いえ。
一哉 じゃあ、必要なものはここにしまえるな。八田さん、捨てておいて。
飯合 あー! 今日持って帰ります! だから、お願いします!

   一哉、冷たい目で飯合を見てから、望月の所に。

一哉 (汗びっしょりの望月を見て)汗をかくな。
飯合・八田 (「えー?」という顔)
一哉 ……とはいわないけど、もっと余裕を持って事務所に来なよ。クライアントが汗びっしょりのお前を見たらどう思う? 不快に思うだろう?
望月 (ハンカチで汗を拭きながら)は、はい。
一哉 せっかく洗いたてのシャツを着ても、朝一でそんなに汗をかいたら無意味だ。
望月 はい。
一哉 机はいつも片づいてるな。

   八田、食べかけのサンドイッチとゴミを隠そうとしている。
   一哉、八田の所に。

一哉 八田さん、もうとっくに視界に入ってるよ。
八田 すみません。
一哉 朝ご飯を食べるのはいいことだ。なんで隠そうとする?
八田 なんとなく……
一哉 9:30までは、食べていていいんだよ。そのあと、ちゃんと片づけておけば。
八田 あ(ほっとする)。
一哉 (時計を見て)あぁ、あと1分だ。
八田 え?(慌てて食べ始める)

   一哉、コーヒーを自分のデスクに置き、それから、みんなが見える位置に。
   八田は、一哉がしゃべり出すと、食べるに食べられなくなる。

一哉 いいか。はっきりいって、この事務所はだらけすぎだ。洗練されていない。お気楽で甘い親父のやり方に慣れてしまっているが、これまでが当然だと思わないように。建築の世界、デザインの世界は常に進歩している。常に新しく変化している。我々は時代の最先端をいくものだ。おれがこの事務所の所長になったからには、どこの事務所でも出来るような凡庸な設計に満足していてはいけない。日本でトップの美観とセンス、機能性を追求していくんだ。いいな?
三人 はい。

   一哉、自分のデスクに。

一哉 しかし、古い事務所だ。落ち着かない。

   八田、9:30になったので、もう食べられない。落胆する。サンドイッチをバッグにいれる。 
   飯合、望月は机につき、小声で話し始める。

飯合 悪魔だ……。
望月 でも、いってることは的を射ているよ……。
飯合 言い方ってものがあるでしょ? 最先端とかいって、やってることは軍国主義じゃん。
望月 それは言い過ぎだよ。
飯合 あ~、落ち着かない。
八田 (二人の所に行き)ヒロちゃん、哲平ちゃん、サンドイッチ食べれなかったよ。
飯合 食べたらいいんですよ。ぼくが見張ってるから食べてください。
八田 (首を振って)見つかったら殺される。
望月 そんな……。
飯合 望月さんは嫌じゃないんですか? 元哉さんがいてくれたときはもっと良かったでしょ?
望月 それはまぁ、やりやすかったけど……。
一哉 (デスクから)望月さん。
望月 はい! 
一哉 どう?
望月 (慌てて)どちらもやりやすいです。
一哉 学科も設計製図も? 自信があるんだね。
望月 はい?
一哉 一級。もう一人、一級がいてくれると事務所としても箔がつく。期待しているよ。
望月 あ、はい!

   また、小声で話し始める。

望月 びっくりした……。
飯合 一級だろうが二級だろうが、たいして仕事は変わらないよ。
望月 ん~、でも、ぼくはもっと最先端の仕事というのもしてみたいなあ。元哉さんはすごくいい人だったけど、一哉さんも成長できるからぼくはいいなぁ。
飯合 ドSなだけじゃん。
八田 ヒロちゃん、Mっ気あるもんね。
望月 (慌てて)なにをいってるんですか。ぼくはただ……
飯合 ぼくはもっと楽して仕事したいですよ~。
八田 元哉さんが帰ってきてくれたら。
飯合 電話してみたらどうですか?
八田 (首を振って)ばれたら殺される。
望月 そんな……。
一哉 (デスクから)八田さん。
八田 はい!

   一哉、携帯を持って八田のほうへ。

一哉 親父から手紙を預かってるはずだけど。
八田 ああ! ごめんなさい、元哉さんの引っ越しのお手伝いをしてて、バタバタしてましたから、ついうっかり……
一哉 弁解はいいから。どれ?

   八田、書類ケースを探し始める。(なかなか見つからない)

一哉 (携帯で)親父、この電話でいえばいいんじゃないのか?
元哉(声) まぁ、いいから。

   電話の声のバックには波の音やビーチの人たちの声が聞こえる。

飯合 元哉さんですか?
一哉 ああ。
飯合 ちょっと代わってもらっていいですか?
一哉 ん。(携帯を差し出す)
飯合 (携帯を受け取り、離れて)もしもし、飯合です。
元哉(声) おー、哲平かぁ。ハロー。
飯合 元哉さん、戻ってきてくださいよ。
元哉(声) んー?。
飯合 あなたの息子さんは……
元哉(声) なに? 聞こえない。
飯合 あなたの息子さんは……
元哉(声) おー、サンキューベリマッチ。
飯合 話を聞いてください。こっちは一大事なんです。  
元哉(声) 母さん、今の外人さんはなんていったんだ?
飯合 元哉さん、こっちの話を聞いてください。
元哉(声) おおーそうか。さすがよくわかってるな。
飯合 わけわかりませんよ。ハロー。
元哉(声) おお、広海地か?
飯合 哲平です。なんとかしてくださいよ。あなたの息子さんは悪魔です。鬼です。
元哉(声) そうだろう。
飯合 そうだろうじゃないですよ。わかってたんですか?
元哉(声) 大丈夫、大丈夫。そうかと思って伝言を残しておいた。
飯合 伝言?

   ようやく、手紙が見つかり、受け取る。
   一哉、飯合から携帯を奪う。

一哉 あったぞ。
元哉(声) 開けてみろ。
一哉 今開けてる。(封を開ける)

   紙に大きく「結婚しろ」と書いてある。

一哉 「結婚しろ」? あほか。
元哉(声) 見たか?(笑う)
一哉 悪いけど、結婚願望はないから。
元哉(声) 事務所を頼むぞ。みんなをよろしくな。
一哉 そんなことより、この事務所を建て替えたいんだ。お金残してないの?
元哉(声) ハワイに移住する金で全部消えた。
一哉 Fuck you!
元哉(声) お、親父に向かって……! 母さん!

   一哉、携帯を切る。手紙を破き捨てる。
   デスクへ戻る。
   三人、集まって、顔を見合わせる。肩を落とす。また小声で喋り始める。

望月 ……元哉さんは、なんて?
飯合 心はもう南国ですよ。戻ってくることはないでしょう。
八田 父親に向かって「ファックユー」って……。
望月 お金を要求してたね……。
飯合 ありえない……。
八田 恐ろしい……。 

   電話が鳴る。望月と飯合は机へ。
   八田が電話に出る。

八田 もしもし。須暁建築事務所です。あ、はい。高梨さんですか? どうも、以前はお食事に呼んで頂いてありがとうございました。いえいえ。あ、本日ですか? ええ、大丈夫ですよ。え、今から? 少々お待ちください。所長!
一哉 はい?
八田 高梨夫妻が今からお越しになるそうですが、大丈夫ですか?
一哉 ああ、引き継ぎのクライアントね。大丈夫ですよ。
八田 あ、大丈夫だそうですので、お待ちしております。え? お待たせしません? はい? 高梨さん?(電話が切れる)

   チャイムが鳴る。

八田 まさか。

   八田、玄関へと消える。

一哉 (望月に)普段からアポイントを取らないの?
望月 うちは、いつでもOKなんです。

   八田と高梨夫妻が、話しながら入ってくる。
   高梨夫妻はペアルックで、貝をモチーフにした服を着ている。
   二人を見て、フリーズする一哉。

米太郎 おはようございまーす。
満里子 あら~、広海地さんと哲平くん、ご無沙汰。
飯合 どうも。
望月 お元気でしたか?
米太郎 (両腕で貝の形を作り)毎日貝調!
望月 相変わらず元気ですねぇ。
米太郎 (紙袋を差し出して)これ、新作の貝グッズのサンプル品。
望月 おお、ありがとうございます。
飯合 いつもすみません。
満里子 このトレーナーもかわいいでしょ?
八田 やー、かわいいですぅ。
満里子 なんか皆さん、お疲れですか?
八田 いえいえ。

   望月、飯合、八田が無意識に一哉を見る。

米太郎 ああ! これはこれは元哉さんの息子さんですね。お話はうかがっております。どうぞよろしくお願いいたします。(お辞儀をする)
満里子 よろしくお願いします。(お辞儀する)
一哉 どうも。父に代わり、新しく所長になりました須暁一哉です。(名刺を渡す)
米太郎 やや、これはどうもご丁寧に。いやー、あなたが噂の元哉さんの息子さんですか。(両腕で貝の形を作り)わ貝!
満里子 わたしたちと同じくらいの年じゃない?
米太郎 そうだね。一哉さん、ちょっとお年を聞いてもいい貝(貝の形を作る)?(笑う)
一哉 ……32です。
満里子 おしいっ!
米太郎 ふたつ違いだ。
満里子 まぁ~、元哉さんがいきなりハワイに行ってしまわれるものだから、ちょっと心配したんですけど、頼りがいがありそうでよかったですわぁ。ねぇ?
米太郎 留学帰りだそうだからね!
一哉 ……八田さん、お茶を。
八田 あ、はい。

   一哉、応接テーブルのところへ行き、イスを引いて指し示す。

一哉 どうぞお座りください。
米太郎 や、すみません!

   二人、バタバタと席につく。
   一哉、座る。
   飯合、望月は自分の机に戻るが、気になっている様子で、やりとりを見ている。

一哉 芸人さんですか?
米太郎 いえいえ。(貝の形の名刺を差し出して)遅れまして、私、高梨米太郎と申します。こちらが妻の満里子です。
満里子 よろしくお願いします。
一哉 ……。
米太郎 私たちは夫婦で、貝グッズや貝アクセサリーの販売をしているんです。現在はインターネットのみなんですが、店舗を出すことが大きな夢でして、めでたくまぁ資金も貯まり、店舗を出せる準備が出来たんですね。それで、こちらの事務所にお願いを。
一哉 なるほど。
八田 (お茶を出しながら)高梨さんのイメージプランが出来上がったら、設計に移るという段取りになっています。
満里子 もー、「あーしたい、こーしたい」っていうのがたくさんあって、なかなかまとまらないもので、お時間がかかってしまったんですよ。
米太郎 そうこうしてる間に元哉さんが行ってしまわれて。
一哉 まぁ、私の方が腕はありますので。
米太郎 おー、頼もしいです!
満里子 是非よろしくお願いいたします!
一哉 はい。そんなに大きな声を出されなくても大丈夫ですよ。では、今日、イメージプランを お持ち頂いたんですね? 
米太郎 はい!(スケッチブックを取り出す)
一哉 拝見しましょう。
米太郎 ジャーン! とまぁ、こんな感じです。

   米太郎、スケッチブックを紙芝居のように立てて、一哉に見せる。
   その店舗デザインは、とにかく貝尽くしである。
   飯合や望月も覗き込む。

米太郎 これが外観です。
一哉 (思わず顔を近づける)
満里子 お店の入り口の上に大きな白い貝ですね。イメージとしては、かに道楽みたいに動くといいんですけど、それだとお金がかかりますかねぇ?
米太郎 開け閉めできると、とてもいいね?
満里子 わたし思ったんですけど、貝が開け閉めすると……(手で貝の開け閉めを現し)こぅ、ちょっと手で招いている感じに見えませんか?
米太郎 招き猫みたいで、縁起が良さそうですよね?
飯合 (感心して)面白い。
望月 (感心して)お客がいっぱい入りそうだね。
満里子 (飯合・望月の言葉を受けて)でしょ?
米太郎 どうですか?
一哉 ……うん、斬新……ですね。インパクトがあります。
米太郎 ですよね~。
一哉 貝……ですもんね?
米太郎 そうです。貝です。
一哉 ……まぁ、予算によっては動かすことも可能でしょう。ただ……うん、まぁ(言葉を濁して)、あ、店内のほうは?
米太郎 はい。

   米太郎、スケッチブックをめくる。

満里子 全体的なキーワードは貝です。テーブルやイスやランプシェードやドアノブなどは全て貝の形です。柱には本物の貝を埋め込みたいなって思ってるんですよ。できれば思い出のタヒチの貝殻をずらーって敷き詰められれば最高! 床はでこぼこしたらいけないから、貝柄のカーペット……いえ、今のは貝の柄のって意味ですよ? 殻と柄で、あっはっはっはっ! やだ、米ちゃん!
米太郎 (笑って)家でもそれいって笑ってたじゃん!
満里子 そうだっけ? (笑って)ごめんなさい、わたし何回でも同じことで笑えるんです!
一哉 はい……。

   飯合たちも笑っている。

満里子 貝柄っていっちゃったらわからないわ!
あら、米ちゃん、この場合どういうアクセントになるの?
米太郎 貝殻と貝柄だよ。「が」のところが上がるんだよ。
満里子 あ、わかった。かいガっ……(予想外に高い声が出て、大笑いする)
米太郎 満里ちゃん、おかしい!(大笑いする)
一哉 ……。
満里子 一哉さん、かいガらで……(やっぱりうまくいえず大笑いする)
一哉 (またかよという顔)
米太郎 もー、満里ちゃん!(大笑いしている)
一哉 (イライラして)要するに、貝をモチーフにした柄のカーペットを敷くということですね?
満里子 (涙を拭いながら)ええ、そうなんです……。
一哉 貝……尽くしですね。
満里子 それはもぅ。
米太郎 貝グッズのお店ですから。壁には、世界の様々な貝を採集して、ケースに入れて飾りたいと思っています。ですので、壁紙はケースを引き立てる感じで……
満里子 ハート柄の壁紙にしてほしいなと思います。
一哉 ハート?
米太郎 はい。
一哉 あまり柄ばかりになると……
満里子 ハートも貝に似てるじゃないですか?
一哉 はい?
満里子 形が。
一哉 ……あぁ。
米太郎 貝とハートは親戚みたいなもんですよね。
満里子 どちらも愛を感じます。
一哉 (顔をしかめる)
米太郎 満里ちゃん、事務所は?
満里子 あ。(スケッチブックをめくり)事務所はハートと貝のオンパレードにしてください。
一哉 (デザインを見て、思わずのけぞる)
八田 (デザインを見て)わー、素敵!
満里子 でしょお?
八田 ラブラブですね~。
米太郎 ぼくらは貝とともに永遠です。

   二人、寄り添って、頭をつける。

望月 (優しく拍手をする)
満里子 (うっとりして)あぁ、早く実現しないかしら?
米太郎 (うっとりして)貝のように流れに逆らわずにいればすぐだよ。
満里子 (うっとりしたまま)そうね……。
八田 (感動して)二人はホントに素敵です。
一哉 (たまらず)あの……!
米太郎 (うっとりしたまま)はい……?
一哉 できません。
米太郎・満里子 え?
一哉 センスのかけらもない。貝をモチーフにすることに異論はありませんが、むやみやたらに使いすぎです。しかも、ホワイトを基調に統一感を出すというならデザイン性もありますが、色遣いも最悪。事務所はもっと酷い。貝だのハートだのデザインがうるさすぎます。これじゃあ、気持ち悪くなりますよ。
満里子 そんなことない!
米太郎 ぼくたちは貝に守られているんです。
一哉 なにをいってるんだかさっぱりです。貝グッズのお店っていいましたよね? 商品でも貝を並べて、店舗の内装も貝だらけだと、本当に、全部、貝まみれですよ?
米太郎・満里子 それがいいんです!
満里子 そうしたいんですよ、一哉さん!
一哉 じゃあ無理です。
米太郎・満里子 (驚いて)どうしてですか?
一哉 デザインは私の芸術作品であり、命です。私のセンスと全く異なる仕事はできません。

   飯合と望月、慌てて割って入る。

飯合 あの、所長……無理ですというのは。
望月 顧客の要望に応えるのが仕事ですから。
一哉 設計するのはうちだ。
望月 高梨さんは専門的なことがわからないんですから、そこは所長がうまく高梨さんのイメージを具体化させてあげて……
一哉 手の施しようがない。
八田 なんでですか? わたしは素敵なデザインだと思います。
一哉 だとしたら、センスがなさすぎる。他の事務所に行けばいい。
八田 ええ?
一哉 いや、全部任せてもらえばいいだけです。貝をモチーフにして、すっきりしていて美しく、自然とお客が集まるような素晴らしいお店にしてあげますよ。デザインはプロに任せればいい。

   間。高梨夫妻、顔を見合わせる。

米太郎 そうですね。私どもも、全部イメージ通りにとは思っていませんから、是非プロの力を仰ぎたいと思います。よかったら、一哉さんであれば、どうデザインするかというのを見せて頂いてもよろしいですか?

   短い間。

一哉 (八田に)契約は?
八田 まだです。
一哉 親父がどうしていたかはわかりませんが、私の場合、契約するまでは一切設計いたしません。 
飯合 所長、そこはサービスで。
一哉 サービスなんて必要ないんだよ。プロの仕事をすればいいんだ。
満里子 では、どうすれば……?
一哉 設計は設計料がかかるものです。打ち合わせの段階であれば、口頭で説明できます。それなら無料です。物件を見ていないので詳細は省きますが、私がデザインするなら、基本的に貝は極力抑えます。さりげなく用いる程度です。ランプシェードなどを貝にするというのはいいアイディアですね。
満里子 あの、さりげなくじゃなくて、貝だらけにしたいんです!
一哉 奥さん、ディズニーリゾートもね、手すりとかベンチにさりげなくミッキーの形を入れてるんですよ?
満里子 わたしたちはおみやげ屋さんみたいに、いろんな貝をふんだんに使って埋め尽くしたいんです!
一哉 どれだけ貝好きなんですか?
八田 事情があるんですよ、ご夫妻には。
米太郎 満里ちゃん、そこを話しておかないと、きっと理解してもらえないよ。
満里子 そうね。わたしたちがなぜ貝にこだわるかを知って頂かないと。
米太郎 うん。一哉さん、私たちにとって、貝は命の恩人なんです。
一哉 命の恩人?
満里子 七年前、わたしたち二人が結婚したとき、彼には先物取引でつくった借金があり、わたしは鬱病で会社を休職したり復帰したりの繰り返しでした。多くの問題を抱えている中、親からの反対を押し切って結婚しました。二人で力を合わせていけばなんとかなると、そのときは思っていました。ですが、状況は悪くなるばかり。借金を返すために働きづくめ、身体を壊すこともしばしば。医療費が更にかさみ、生活の不安定さは精神の不安定さに拍車をかけ、わたしは度々自殺未遂を繰り返すようになりました。わたしは会社を辞め、彼一人が懸命に働いて生活を支えてくれましたが、あともう少しで借金を全て返済できるというところで、大きなミスを犯して仕事をクビになってしまいました。
米太郎 私も相当に疲れ果てて、精神的にも限界だったんです。
満里子 彼はアルバイトをしながらなんとか稼ぎを得て、家賃の安い、古いアパートで、二人地獄の亡者のように過ごす日々が続きました。
米太郎 二人して髪も抜け、今からは想像もつかない姿をしていたと思います。まるで、出口のない迷路をずっとさまよってるようでした。
満里子 そして、彼はわたしが止めるのも聞かず、ある宗教団体に入ってしまいました。こういうとき人は、ほんのわずかでも救いの道が見えたら飛びついてしまうものなんです。けれど、結果は、騙されて大金を失うだけでした。
米太郎 今から考えたらどうして払っちゃったんだろうと思いますけど、金運の壺、精神安定の数珠、家庭円満の掛け軸、病気平癒のブレスレット、5倍ヒーリング、10倍ヒーリング……借金は一気に増えてしまいました。
一哉 (少し顔がひきつる)
八田 (呟き声)わたしも経験ある……。
一哉 ?(八田を見る)
満里子 結婚生活の中で何度か離婚を考えましたが、最終的にはもう考える気力すらもなくなっていました。なにもかもがもやにかかったようにぼんやりとしていて、一体どの意識が確かで正常なのかもわからなくなっていました。ただ、生きるということの無意味さと、死を感じていました……。そして二年前、わたしたちは、新婚旅行で行ったタヒチに行きました。入った給料を返済ではなく旅費に当て、アパートに遺書を残して……。(涙ぐむ)
米太郎 (満里子の肩を撫でる)どうせなら、いい思いをしてから死のうと思ったんです。いや、本当に、なにもかも捨てる決意をして、なにもかもを忘れてタヒチで遊んだら、とても楽しくて幸せで……あぁ、こんな幸せがあるんだなぁと思いました。最後の日の夕方、浜辺で二人並んで座って、日没を待っていました。日が落ちるとともに海に入ろうと、巨大な赤い夕日を眺めて待っていました。極楽のような気分で、これまでとてもつらかったね、タヒチはとても楽しかったねと振り返りながら、海は赤く染まり、夕日は沈んでいきました。
一哉 (テーブルの下をちらっと覗いて、二人の足を見る)
米太郎 (一息ついて)そこで、貝と出会ったんです。

   間。

一哉 ……まぁ、浜辺ですから。
飯合 所長。
米太郎 (笑顔で)本当に、貝なんてありふれたものです。でもあのときの私たちには神様からの啓示のようなものに思えました。夕日がちょうど海に触れたあたりから、決意したはずの死が葛藤に変わり、また楽しい思いをしたいという感情や、もうあんなつらい思いをしたくない、楽になりたいという感情が渦巻いてきました。そのとき、貝が教えてくれたんです。流れに抵抗しないことを。全て受け流すことを。つらいときは殻に閉じこもっていればいい。そうしたら全部流れて過ぎ去っていく。このとき、全ての抵抗が消えてなくなりました。
満里子 わたしたちは、がむしゃらに抵抗しようとしていました。ずっと、なんとかしなきゃともがき苦しみ、自然の流れに任せるということをしていなかったのです。
米太郎 (頷き)……流れに逆らわない、貝のようになろうと思ったとき、苦しみや葛藤が一気に和らいで、生きる気力が溢れてきたんです。
満里子 不思議な感覚でした。

   飯合、望月、八田は感動している。
   望月は顔をくしゃくしゃにして泣いている。

米太郎 私たちは死にませんでした。そして、こんなことってあるんですね……その夜、ホテルでジュエリーデザイナーをしている方と知り合い、意気投合しまして、一緒にビジネスをやろうという話になったんです。幸運の貝アクセサリーを作って、インターネットで売ろうということになったんです。
満里子 わたしたちも、この奇跡を、多くの人に分け与えたいと思いました。タヒチでの奇跡のエピソードが口コミになって、製作が追いつかないくらい売れました。
米太郎 雑誌に取り上げられたり、最近では講演会の依頼が来たりと、信じられないくらいの展開です。
満里子 貝アクセサリーや貝グッズを買って頂いた方からも、健康になったとか、仕事が見つかったとか、自殺を思いとどまったとか、結婚相手が見つかったとか、もうっ、反響がすごいんですよ! 
望月 (感極まって)うわぁ~~ん!(泣く)
飯合 望月さん、いい大人が号泣しないでくださいよ。
望月 哲平君だってぇー、うぁ~~!
飯合 ふ……。(涙を拭う)
八田 (涙を拭きながら)いい話だね、いい話だね?
一哉 ……それで、こんなにポジティブになっちゃったんですね?
米太郎・満里子 はい!
一哉 あぁ……。
米太郎 借金も去年には全部返済できました。
飯合 それで今度は店舗を持つんですもんね、すごいですよ。
八田 大成功の人生ですね。
望月 ぼく……ぼくも貝になりたい……!
飯合 なにいってるんですか。
望月 二人はでっ貝(貝のポーズを作る)。
飯合 ちょっと。
満里子 そういうわけで、是非とも貝だらけのお店を作りたいんです。貝がどれほどわたしたちにとって大事か理解していただけましたか?
一哉 えぇ、まぁ。
米太郎 私たちが考えたものは不格好なデザインかもしれません。でも理想通りのお店を(さりげなく貝を作り)貝店したいんです。
一哉 気持ちはわかりました。でも、別問題です。私は自分が美しいと思う設計しかしません。
八田 所長は今の話を聞いてなんとも思わなかったんですか?
飯合 どうしてそんなことがいえるんですか!
一哉 だから別問題なんだって。
米太郎 そこをなんとかお願いします!
一哉 頭を下げられても無理です。芸術家に駄作を作ってくれといっているようなものです。私に任せてくれればそれでいいんですよ。
満里子 でも……わたしたちの夢が。
飯合 そうですよ。クライアントの希望に応えるのが第一優先です。
一哉 店を出すということは会社のようなものでしょ? 

   米太郎と満里子、顔を見合わせる。

一哉 だったらもっと広い層に受け入れられる……なんですか?
米太郎 貝社って、うまいこといいますねぇ~。
一哉 普通の会話です。
米太郎 そうだ。株式会社の会を貝にしよっか?
満里子 それ、いい!
米太郎 できるのかな?
満里子 株式貝社「幸せ貝?」。
八田 最後も貝なんですね?
満里子 そうなんです。
望月 面白い。
飯合 でも会社の会を貝にするのは……
米太郎 だめ貝?

   一哉以外、皆笑う。

一哉 (席を立ち)よく話が通じるな……わけわからん(頭をマッサージする)。……とにかく一回……

   爆笑する。

一哉 (疲れて)誰も、洒落をいってないって……。もういい。この話はおしまい。引き受けません。

   一瞬の硬直。

望月 待ってください! 所長が出来ないというのなら、私にやらせてください。

   間。

一哉 じゃあ、うちを辞めて独立しろ。

   一哉、自分のデスクへ戻ってしまう。

八田 あぁ……。

   がっくりする一同。

八田 申し訳ございません。
米太郎 いや、いいんですよ。一哉さんのおっしゃることも理解できます。
飯合 ただのうぬぼれてる冷血人間ですよ。人の気持ちが理解できないんです。自分と違う考え方の人を受け入れられない偏屈な人間なんですよ。
米太郎 芸術家肌ですよね。
望月 高梨さん。お二人の大きな夢なんでしょう? どうしてそんなに落ち着いていられるんです?
飯合 そうですよ。
米太郎 いやいや、これくらいのことでへこたれませんよ。ねぇ?
満里子 まぁ、なんとかなりますよ。
米太郎 みなさんも、苦労してらっしゃるようで。
八田 職場で鬱病になる人の気持ちがわかりました。 
飯合 なんとか説得しないといけませんね。
満里子 理解してほしいですよね、もっと貝に込められたメッセージを。
望月 ええ。本当に貝は素晴らしいですよ。
飯合 影響受けてますねぇ~。
八田 所長も、それくらい影響受けて変わってくれたら、わたしたちもやりやすくなるんですけど。
飯合 所長改造計画?
八田 それいい!
飯合 しっ!

   みんな、寄り集まって小声で。

飯合 所長がもっとポジティブに変わればいいんですよ。
八田 そんなことできる?
飯合 一人ワガママな人生を歩んできて、あんなになっちゃってますけど、元哉さんの息子ですよ。きっと根は明るいポジティブ人間なんですよ。
八田 (疑って)ええ~?
飯合 少なくともそう思わないと希望がありません。
米太郎 人間生まれたときはみんなポジティブですからね。
望月 でも、すぐには無理なんじゃ……。
米太郎 きっかけさえあれば、いつでも変わることができますよ。ぼくたちのように。
飯合 ポジティブに目覚めるきっかけがほしいですよね~。
満里子 それから、一哉さんの場合は、愛を知ることが必要じゃないかしら?
八田 (ちょっと嫌な顔をして)愛?
満里子 そうすれば、優しくなれるし、こういうポジティブな世界も理解できると思うのよね。
飯合 元哉さんが、「結婚しろ」というメッセージを残していたのはそういうことか。
望月 いやぁ、それをいうならぼくも……
八田 どんな人が好みなんですかね?
満里子 やっぱり一哉さんは「陰」のところがあるから、「陽」の女性がいいんじゃないですかね?
望月 ぼくも今年36になりますし……
八田 優しくて、明るい人がいいってことですか?
満里子 そういう雰囲気のある人がいいでしょうね。
望月 いいですねぇ。
飯合 望月さんの話をしてるんじゃないですよ。
望月 わかってるよ。でもぼくもそろそろ……
満里子 あは。なんか面白そう。
飯合 やるしかないですね。高梨さん夫妻のためにも、ぼくらのためにも、所長をなんとかして変えなければ。

   皆、やる気になって、所長のデスクの方を見る。
   一哉が、パーテーションから顔を出す。全員、顔をそらす。
   パーテーションの奥に引っ込む。
   皆、顔を近づけて相談に移る。

   音楽。

 

 

 

 

SCENE4

   同日。昼。須暁建築事務所。
   望月と飯合と八田がいる。
   八田は朝のサンドイッチを食べている。
   望月は先ほど試作品でもらった新作の貝のレイを首にかけて妄想している。
   飯合は野菜ジュースを飲んでいる。横には食べたあとのコンビニ弁当がある。

飯合 望月さん。なにニヤニヤしてるんですか?
望月 え? いや、そんなことないよ。
八田 素敵なお嫁さんができたところを想像してたの?
望月 (慌てて)いやいや、そんな!
飯合 望月さん、奥手だからなぁ。
望月 哲平君にいわれたくないよ。
飯合 ぼくは積極的ですよ。ゲームの中ではね。
八田 広ちゃんは、所長とまではいわないけど、はっきりものをいったほうがいいと思うよ。
望月 ぼくの改造計画ですか? いや、でもぼくは見つけましたよ。ぼくの未来は貝とともにあります。
飯合 影響受けすぎです。
望月 でもなんか不思議と落ち着いてくるんだよね。なんでもできそうな気がする。
飯合 ホントですか?
望月 哲平君もどう?(高梨夫妻から受け取った紙袋を差し出す)
飯合 (紙袋から適当に取り出し)貝のパンツ……これはちょっとやりすぎでは?
望月 貝パンだね。
八田 あ、なるほど。
飯合 嫌いそうだなぁ……。
望月 所長?
飯合 ギャグは受け付けないですよ。
望月 案外、貝グッズで埋め尽くしたら、ハマらないかなぁ?
八田 それいい!
飯合 それいいって、八田さんはいつも適当じゃないですか。絶対怒られますよ。

   チャイムが鳴る。

八田 あ、そうだ、1:00から来客があったんだ。片づけといてね~。

   八田、玄関へ。
   飯合、紙袋からまた一つ取り出す。

飯合 なんだこれ? 懐中時計?
望月 かっこいいよね! これももらっていいかな?
飯合 どうぞ。

   飯合、「貝中時計」を望月に渡し、弁当を片づける。
   望月、貝中時計をポケットに入れる。
   淑絵と、結宇、繭が登場。

八田 ちょっとお待ちくださいね。イスを持ってきますので。

   八田、イスを取りに。
   望月、急に緊張して、お茶の準備に。

飯合 ええっと……
淑絵 はじめまして。ハセベウォッチの有村と申します。(名刺を取り出す)

   結宇と繭も名刺を取り出そうとする。

飯合 あ、ども……(急いで名刺を出そうとする)
淑絵 (名刺を差し出して)須暁さんですよね?
飯合 あ、いえ……

   八田、イスを持って戻ってきて。

八田 その人は所長じゃありませんよ。
飯合 そう見えちゃいましたか? 所長は12:55に帰ってきます。
淑絵 あ、そうですか。すみません、ちょっと早く来すぎまして。
繭 人違いでした。
八田 こちらにお座りください。

   淑絵と繭は名刺をしまって、応接テーブルのほうに。

結宇 (飯合を見て)まぁ、そうですよね。
飯合 そうですよねって。
結宇 滝です。(名刺を差し出す)
飯合 (名刺を受け取り)飯合です。(キャラクターのイラストが入った名刺を差し出す)
結宇 (名刺を受け取る)12:55に帰って来るというのは?
飯合 昼休みが1時までですから。必ず5分前行動なんです。
結宇 しっかりしてるんですね。(メモ帳を取り出す)

   三人、イスに座る。
   結宇はすかさずメモ帳に書き込む。

八田 少々お待ちくださいね。今、お茶を入れてきます。

   望月、お茶を持ってくる。

八田 ヒロちゃん、なんでお茶を持ってくるの?
望月 まぁ、いいじゃないですか。

   望月、ニンマリしながらお茶を出す。

繭 (レイを見て)貝だ。
望月 えぇ。
繭 南国な方ですね?
望月 いや、そうじゃないんですが、あぁ、これも貝なんです。(懐中時計を取り出す)懐中時計なんですよ。(懐中時計を開く)
繭 かわい~。
望月 あ、そうですか? これを持っていると運気が上がるんですよ。 
繭 え~! すごーい! 淑絵ちゃん、運気が上がるんだって。
淑絵 (困った顔で)すみません。繭。(たしなめる)
望月 いや、いいんですよ。
繭 わたしたち、時計メーカーの会社なんですよ。
望月 あ、そうなんですか?
淑絵 ええ。
結宇 うちには、ダジャレを使った商品はないですね。斬新です。
繭 しかも運気が上がるんだよ! 
結宇 その根拠はないと思うけど……。
繭 ほら、前に占い機能のついた時計がいいっていったじゃん。
望月 おお~。
結宇 見事に没になったけどね。
淑絵 デジタルはデザインが難しいから。
結宇 携帯で占えるし。
繭 いいと思うんだけどなぁ。
望月 いや、いいと思いますよ。ぼくは支持します。ぼくなら買います。
繭 ありがとうございます。いい人ですね。
望月 いやぁ、いい人だなんて。

   望月、照れながらお盆を置きに行く。

結宇 (淑絵に)でも、頼りない感じだよね?

   短い間。

淑絵 なに……?

   一哉が帰ってくる。カフェのコーヒーを片手に持って、平然と。

八田 所長、お客様がお見えです。
一哉 ああ、早いですね。

   淑絵、結宇、繭、三人立ち上がる。

淑絵 あ、須暁さんですか?
一哉 ええ。
淑絵 ハセベウォッチの有村というものです。(準備していた名刺を差し出す)
一哉 (無言で八田にコーヒーを渡し、名刺を受け取る)どうも。
結宇 滝と申します。(名刺を差し出す)
繭 大幹です。(名刺を差し出す)
一哉 ちょっと待ってくださいね。

   一哉、デスクに行き、名刺を持ってくる。その間、結宇と繭は差し出したまま。

一哉 日本人って名刺が好きだよねぇ。(二人の名刺を受け取り、三人に名刺を渡す)
淑絵 (緊張した様子で)長谷部から話は伝わってらっしゃるかと思いますが、本日はご挨拶がてらおうかがいさせていただきました。私が、今回の新店舗プロジェクトのリーダーになりますので、是非今後よろしくお願いいたします。
一哉 こちらこそ。長谷部さんは来れないんですか?
淑絵 ええ、今日は別件で……。
繭 付き添いで病院に行っています。
一哉 病院?
淑絵 (余計なこといわなくていいと思いながら)知人が食中毒とかで……。
一哉 ああ、そうですか。相変わらずバタバタしてるな。(無言で八田からコーヒーを受け取り)まぁ、どうぞお座りください。今度の仕事は、私の所長就任第一号になりますので、気合いを入れてやらせてもらいますよ。
淑絵 ありがとうございます。   
飯合 (小声で望月に)高梨夫妻の依頼を完全になきものとしてますね。 
望月 (ニヤニヤして)哲平君、貝をつけてからいいことばかりだよ。
飯合 はぃ?
一哉 (座って)そのお茶、まずくないですか?
淑絵 え? ……いえ、そんなことは。
一哉 うちは古いものばっかりなんですよ。驚いたでしょ? こんな昭和っぽい事務所で。
淑絵 でも、暖かみがあっていいんじゃないですか?
一哉 暖かみねぇ。
繭 (場を和ませるつもりで)麗ちゃんとは、昔お付き合いしてたんですよね?
一哉 (意表をつかれて)んん?
淑絵 ちょっと、繭。ごめんなさい。
一哉 いや……。
繭 (淑絵に)今のダメ?
淑絵 あの……麗から、長谷部から頼れる方だとうかがっております。あ、こちら、これまでの店舗の写真や図面が入っております(A4の封筒を渡す)。
一哉 ああ、どうも。
淑絵 是非、ご参考に。詳しい話は、委託契約書を取り交わしてからでと思いますが……
一哉 店のコンセプトってあります?
淑絵 あ、そうですね、はい。特に今年はマリッジウォッチという商品を押しておりまして……その封筒に入れてありますけど(封筒を取り、中を探す)……あれ? 繭、マリッジウォッチのフライヤーは?
繭 あれ、いるの? 
淑絵 いるのじゃないでしょー。
繭 お客さんじゃないから失礼かと思って……
淑絵 抜いちゃったの? ごめんなさい。ちょっと写真が今なくて……
一哉 まぁ、今度でいいですよ。マリッジウォッチというからには「結婚」に関係する商品ですよね?
結宇 結婚に興味がありますか?
一哉 ?

   一瞬の間。

淑絵 結宇。
結宇 すみません、唐突に。
一哉 個人的にはあまり興味がないですね。どうも「結婚イコール幸せ」というのが理解できなくて。
結宇 いやあ、幸せですよ。
一哉 結婚してらっしゃるんですか?
結宇 いえ……。
八田 (さっきのことを思い出して)結婚は幸せですよ~。
一哉 (八田を見る)
八田 失礼しました。(退く)
結宇 (メモを取っている)
一哉 まぁ、大多数は幸せだと感じるんでしょう。
飯合 結婚してみたらわかるんじゃないですか?
一哉 (飯合を見る)
飯合 失礼しました。(机に向かう)
淑絵 あの……店舗は幸せな雰囲気を全体的に出したいと思っています。
一哉 わかります。白や淡いピンクを使うとか、照明を多く配置してでしょ?(封筒から写真を取りだして見る)
淑絵 はい。
一哉 得意ですよ。ガラスや透過材を使った設計は。光をいかに利用するかは大事です。将来、国会議事堂を設計するときには、ガラスの城みたいにしてやろうと思ってますよ。

   三人、笑う。

結宇 ユーモアのある方ですね。(メモる)
淑絵 なにをメモってるの?
一哉 ……本気なんですけどね。(写真をしまう)
結宇 須暁さんの夢はなんなんですか?
一哉 夢? まぁ、ここを日本で名だたる事務所にし、常にリーディングエッジでいたいとは思いますね。
結宇 いやぁ~、かっこいい! ね、淑絵?
淑絵 うん、そうね。(失礼がないよう合わせるが、結宇をいぶかしげに見る)
繭 淑絵ちゃんの好みのタイプだね。
淑絵 ちょっと、失礼なこといわないで! 本当にすいません。
一哉 いや……マイペースな会社ですね。あ、そういえばストックホルム工科大にいたときの、設計図をまとめた資料があるので、差し上げますよ。(立ち上がって、デスクへ向かう)取引先に挨拶回りしながら渡してるんです。

   望月が三人に近づく。

望月 (ほとんど繭に)お茶のおかわりはよろしいですか?
繭 大丈夫です。
結宇 須暁さんって、どういう女性がタイプなんですか?
淑絵 ねぇ、さっきからなんで……
望月 いやぁ、よくわからないですけど、おっとりしてて、ほんわかした女性はいいですよねぇ。
結宇 そうなんですか?
望月 はい。ぼくはそういう女性に会うと、すごく癒されますねぇ。
結宇 ? それは……
望月 甘えられるし、甘えてもくれるというのが理想ですね。
飯合 望月さん。
望月 でも、男なんで、いざというときはしっかりしますよ。それから、ちょっとドジなところとかあると守ってあげたく…… 
飯合 ちょっと、望月さん(腕を引っ張る)。ごめんなさい。
繭 (笑って)面白い方ですねー。
飯合 ええ、ホント面白い存在で申し訳ないです。
結宇 で、須暁さんの好みは……

   一哉が戻ってくる。

結宇 あ。
一哉 はい? あ、ぼくは現代的で野心的なデザインが好みですけど、スウェーデンの伝統的で機能的なデザインもすごく惹かれましたよ。では、こちらを。(A4の封筒を渡す)新しい封筒が出来上がってなくて、茶封筒ですけど。
淑絵 ありがとうございます。
一哉 現場の見学って、今日出来ますか?
淑絵 えーっと、出来ると思います。テナントの責任者が私じゃないので、ちょっと聞いてみます。

   淑絵、携帯を持って、席を立つ。

結宇 淑絵は、すごくいい子なんですよ。がんばり屋で、いつもみんなのことをよく考えていて。
一哉 はぁ。
繭 淑絵ちゃんと結婚する人は、絶対幸せですね。
一哉 ふぅむ。
結宇 ちょっと仕事一筋な感じになってますけど、本当は寂しいんじゃないかと思います。
繭 心の支えが必要なんです。
結宇 どうですか?
一哉 え? なにが?

   淑絵、戻ってくる。

淑絵 須暁さん、大丈夫だそうです。管理のものがこれから現場に向かえるということですので。
一哉 あ、すみませんね。じゃあ、準備をしなきゃ。

   一哉、席を立って、デスクへ。
   淑絵、座って、スケジュール帳を出す。
   八田が、一哉が座っていたイスに座る。

八田 これからよろしくお願いします。
淑絵 こちらこそよろしくお願いいたします。
八田 ちょっと、仕事熱心で人に厳しいところがありますけど、たぶん親の愛情を素直に受けてこなかったところが原因だと思うんですよね。
結宇 はぁはぁ。(メモを取る)
八田 本当は、ピュアで優しくてポジティブな人だと思うんです。
飯合 (参加して)そうですね。それに真面目で責任感があります。
淑絵 (押されつつ)素敵な方なんですね……。
結宇 (喜んで)そう思う?
淑絵 ……なんか、変なプレッシャーを感じるんですけど。
飯合 彼の好みのタイプは、一説には優しくて明るい「陽」の要素を持つ人ですね。
結宇 ああ、そうなんですか。(元気よくメモる)
飯合 (淑絵に)優しくて明るそうですよね。
結宇 ええ、淑絵は絵に描いたように優しくて明るいです。
繭 わたしが保証します。
淑絵 あの……これなに? なにかあたしをはめようとしてない?
結宇 んー、なんでもないの。

   一哉が鞄を持って戻ってくる。

一哉 じゃあ、行きましょうか?
淑絵 はい!

   淑絵、席を立つ。
   結宇、飯合、八田が向かい合って、握手を交わす。
   アイコンタクトを交わし、頷く。

淑絵 (それを見て)あ、よろしくお願いします。(一哉に握手を求める)

   一哉と淑絵、握手する。
   先に出て行く、二人。あとから繭と結宇がついていく。バッグを忘れた繭に、すかさず望月が拾い上げて丁寧に渡す。繭に目を奪われている望月。

飯合 (望月に)スプリング ハズ カムですか?

   音楽。

 

 

 

 

SCENE5

   海岸。
   マリオと麗が歩いてくる。

麗 うわぁ、結構寒くなってきたね~。
マリオ そうだね。
麗 寒くないの?
マリオ 寒い。メキシコ暑かったから。でも、コートがなくて。
麗 本当? なんで早くいわないの? あたしが買ってあげるから。
マリオ 買ってくれるの? 麗は優しいね。嬉しいよ。
麗 なにいってるの。気にしないで。
マリオ 今の仕事、できなくなるかもしれなくて。
麗 なんで?
マリオ みんな、ボクのこと、白い目で見るんだ。
麗 どうして?
マリオ わからない。
麗 差別ね。いじめられてるの?
マリオ みんな、くさばの陰から悪口いってる。
麗 草葉……それは死人の場合だけど、陰口を叩かれてるのね?
マリオ ん。たたかれてはいないよ。
麗 陰口をいってるのね?
マリオ そう。暴力はない。でも、食中毒になったのは、誰かのイジメかもしれない。
麗 そっかー、早く辞めた方がいいかもね。んー、どうしようっかなぁ。会社で、なにかいい仕事なかったかなぁ。でも、会社に入ったら、噂にされるだろうしなぁ。
マリオ ボク、難しい仕事ムリ。
麗 そっかぁ。マリオはかっこいいから、マリオのかっこよさを生かせないかなぁ。モデルとかできないかなぁ。
マリオ モデルいいね。
麗 そうだ! 今度、新しい店舗を出すから、そのオープニングイベントでモデルをやらない? 今シーズンは結婚がテーマだから、あたしたち二人で新郎新婦の格好をするの? どう?
マリオ 面白そうだね。
麗 ぃやー、なんか結婚するみたいで、ドキドキしちゃうね!
マリオ ドキがムネムネするね!
麗 マリオ、それは正しい日本語じゃないの。
マリオ でも……
麗 テレビでいってるのはギャグでやってるの。今時、そんなこという?
マリオ 店長が教えてくれた。
麗 最低な店ね! マリオに間違ったこと教えるなんて! でも、面白そうだね。一回きりのアルバイトになるけど、楽しかったらモデル事務所に応募してみたらいいし。
マリオ モデルになったらお金持ちになれるかな?
麗 んー、そうね、でも、もっと簡単にお金持ちになる方法もあるんだよ。
マリオ (真剣な顔になって)なに?
麗 (真剣な顔にちょっと押され)え? それは教えてあげない。マリオ次第よ。
マリオ え~、麗、冷たい。
麗 (慌てて)ヒントは「結婚」。
マリオ あー、結婚。そうだねぇ。
麗 マリオのご両親は、メキシコにいるの?
マリオ うん。
麗 そっか。いつか会いたいな。
マリオ ん~、そうだね……。でも、親の反対を寄り切って出てきたから。
麗 押し切ってね。それ、相撲の言葉よ。
マリオ 普通使わない?
麗 うん。今の仕事、ちゃんこ鍋屋さんだもんね……。
マリオ (遠い目で海を見ながら)ちゃんこはもう飽きたよ……。
麗 モデルのほうがずっとマリオに合ってるよ。
マリオ カモメは自由だね……。
麗 そうね……。
マリオ ボクは不自由だ。
麗 そんなことないよ。
マリオ 家賃も払えるかわからない。
麗 そうなの?
マリオ (悔しそうに)親の反対を押し出して出てきたのに。
麗 押し切ってね。う~ん、じゃあ、もし払えなかったらいって。あたしが払うから。
マリオ 麗、優しい。
麗 ううん、そんなことないって。
マリオ 愛。
麗 愛。うん、愛。

   二人、去る。
   優しい波の音。

 

 

 

 

SCENE6

   Scene3、Scene4と同じ日のPM3:00頃。
   須暁建築事務所。
   飯合と米太郎が貝グッズを各所に配置している。
   望月は、タヒチアンミュージックのCDをラジカセから流すと、踊り出す。
   八田と満里子は、打ち合わせをしている。

八田 この辺でいいですかね?
満里子 うん、そこは見えやすいと思います。わたしはちょっと離れてタイミングを見てますね。
八田 きっかけってどうしますか?
満里子 八田さんのタイミングでいいですよ。
八田 でも、突然だとおかしくないですか?
満里子 じゃあ、八田さんはトイレから出てくる設定にしませんか?
八田 あ、いいですね。
満里子 じゃあ、わたしがQを出しましょうか?
八田 そうしてくれるとやりやすいです。じゃあ、満里子さんからQが出たら、わたしはこの位置まで来てうずくまるって感じですかね?
満里子 そうですね。
八田 ちょっと練習しましょうか? ごめん、ヒロちゃん、音楽一旦消して。
望月 あ、はい。(消す)
飯合 こっちを手伝ってくださいよ。
望月 (貝のポーズを作って)了貝。

   八田、舞台奥の袖際に。

満里子 はい。じゃあ、一哉さんが貝に驚き、不思議なリラックス感に包まれてきました。(八田にOKサインを出す)
八田 (出てきて、下手な演技で苦しさをアピールする)あぁ~!
満里子 (わざとらしい演技で)まぁ、八田さん、どうされたの?
八田 お腹が急に痛くなって……!(うずくまる)あ。(位置を間違えていたことに気づいて、少しずれてうずくまる)
満里子 大丈夫ですか? 
八田 もう死にそうです。
満里子 心配しないで! そんなときはね、この貝のお守りが効くの! このお守りをお腹に当てて。(貝のお守りを差し出す)
八田 (お守りを受け取り、お腹に当てる)あ、すごいです、どんどん痛みが消えていきます!
満里子 すごいでしょー! はい。という感じで、一哉さんは奇跡を目撃します。
八田 (お守りを返し)こんな感じで大丈夫ですかね~? 緊張するなぁ。
満里子 お腹を上に向けたほうが、わかりやすいんじゃないですか?
八田 ああ、なるほど。(仰向けで身を縮ませ)うう~って感じですか?
満里子 そうそう!

   一哉が帰ってくる。

満里子 あ! 帰ってきた!
八田 え?

   パニックになる八田と満里子。とにかくこのまま強行することに。

八田 うぅ~! お腹が痛いー!
一哉 (異様な様子に戸惑いながら)どうしたの、八田さん?
八田 お腹が急に痛くなって!
満里子 一哉さん、心配しないでください! わたしがすぐに治してみせます! こんなときは、この貝のお守りで! お腹に当てるだけで、どんどん痛みがなくなるんです!(お守りを八田のお腹に当てて)どうですか!
八田 あ! どんどん痛みが……(ぐいぐいお守りを当てられて痛く)ちょっと満里子さん……うぐぐぐ……痛みが……消えていく!
満里子 でしょ、八田さん?

   一哉、冷めて、米太郎、飯合、望月のほうを向く。

一哉 君たちはなにをやっているの?

   三人、笑顔で振り返る。

米太郎 ああ! どうですか? 見違えた気がしませんか?   
一哉 見間違えならいいのにって感じです。
飯合 高梨夫妻が、たくさん貝グッズを持ってきてくれたんですよ。
一哉 頼んでないけど……。
望月 二人のご好意で。
一哉 とんでもない行為だ。
米太郎 いやいや礼には及びません!
一哉 失礼なくらいです。ところで、私のデスクを中心に配置しているのはなぜですか?
米太郎 いやぁ、一哉さんにも、貝の良さをわかってほしくて! まぁまぁ、デスクに座ってください。リラックス度が数段アップしてますから。(強引にデスクに座らせようとする)
一哉 いや……ちょっと……。
米太郎 (座らせて)どうです?
一哉 すごい目につきますね。
飯合 落ち着くでしょう?
一哉 全然。
望月 いい雰囲気ですよ。
一哉 なんでそんなに笑顔なんだ?
米太郎 ほら、貝たちがみんな一哉さんに紹貝したがってますよ。
一哉 紹介? 
米太郎 メッセージを送っています。
一哉 (顔が引きつり)ほぅ、なんて?
米太郎 ぼくたちがいれば、あなたは幸せです。あなたはどんどんラッキーに、どんどんポジティブになっていきます。仕事もうまくいくし、素晴らしい女性とも……
一哉 あなたは、そういう怪しい商売をしてるんですか?
米太郎 (慌てて)いえいえ、そんなことは!
満里子 米ちゃん、それはやりすぎよ! ごめんなさい、なんというか、ただ貝の素晴らしさを知ってもらえればなぁと思いまして。
一哉 正直、迷惑です。

   空気が悪くなる。

飯合 まぁ、悪気はないので!
望月 そうだ! 音楽でも聞いてリラックスしましょう。
飯合 ええ、そうしましょう!

   タヒチアンミュージックをかける。踊る望月。
   音楽を消す、一哉。不機嫌オーラが増大している。

望月 あ……。
飯合 やばいです……ブラックオーラ来てます。
一哉 どういうつもりなんでしょうねぇ、揃いも揃って? ん? これはおれへの反乱かな?
望月 ユーモアです。
米太郎 そう、ユーモアです。
一哉 (キレて)おれはこういうふざけたことが大嫌いなんだ! こんな貝を置いたところで、おれが心変わりするとでも思うか? 貝に囲まれて「あー快感」とでもいうと思ったか? 不愉快だ!
米太郎 (驚いて)ナイスユーモア。
一哉 真面目にいってるんだ!

   一瞬笑いかけた一同も、またびくつく。

一哉 あんたらの依頼は今日午前中に断ったばかりでしょう? おやつ食べたら忘れたんですか?
満里子 あは。
一哉 あはじゃない! どれだけお気楽なんだ? どれだけマイペースなんだ? なんかもう、めまいがしてきた。  
満里子 あ、じゃあこの貝を頭に当てて。(貝のお守りを一哉の額に当てようとする)
一哉 (払いのけて)だからふざけるなっていってるだろ! 楽しんでやってるだろ? それともおれへの仕返しか?
米太郎 いえいえ、とんでもない!
満里子 ちょっとふざけたのは事実です。ごめんなさい!
一哉 もういい。貝は全部撤去しておけ。おれはもう帰る。仕事の続きは家でやる。それから、事務所改造計画を行う。名称を「SUGYO DESIGN CREATERS」に変え、内装も変えるつもりだ。それではおつかれさん。

   一哉、去る。
   飯合と望月、脱力。
   高梨夫妻は、貝グッズを片づけ始める。

八田 ちょっと~、内装を変えるお金なんてないよ~。高梨夫妻の依頼も断って、そんなことしてたらわたしたちの賃金が危なくなるよ。
望月 新築の依頼でも入ればいいんですけどね。
飯合 だけど、あの人なら普通の家は建てませんって断りそうじゃないですか?
望月 それじゃあ仕事にならないね。
八田 うちは地域密着型で来たんだもん。
飯合 リストラの危機もありえますね。
八田 え~、そんなっ、これから子供が中学校に上がるのに。
望月 ぼくらで営業を頑張らないと。
飯合 いや、所長改造計画がうまくいかないと、いくら営業を頑張っても……最悪倒産ですよ。あの人は理想主義で現実が見えてないけど。
八田 また作戦を考えないとダメだね。
望月 そうだね……。

   高梨夫妻、貝グッズを全て回収する。

満里子 あの……やっぱり無理に人を変えさせようとするのはよくないんじゃないですかね。
米太郎 うん、そうだね。
満里子 なんか面白がってやっちゃったけど、あくまで自然な流れじゃないと。
飯合 そうはいっても、このままじゃ……。
満里子 自然に、自ら進んで変わってくれればいいんですけど……。ほら、恋愛だって、気がついたら毎日ウキウキしてたり、笑顔になったり、自然と自分が変わってたりするじゃないですか。
望月 ええ、まさにそうです!
満里子 あら? 広海地さんは恋してるの?
望月 (慌てて)いやいや! 一般論でそうだなと思っただけです!
飯合 「所長改造計画 自然ver. 恋愛編」ですね。
八田 あら素敵!
飯合 これに賭けるしかないでしょう。
米太郎 といっても相手がいないと。
飯合 実はもう進行中なんですよ。
米太郎 そうなんですか?
満里子 (食いついて)どんな人?
飯合 満里子さんがおっしゃっていた、優しくて明るい「陽」の人が現れたんです。
満里子 ホントに! キャー、すごいすごい!
飯合 しかも相手方のご友人もどうやら一哉さんを気に入っているみたいなんです。
満里子 じゃあ、バッチリじゃない!
米太郎 希望に満ちてますよ!
飯合 ただまぁ、問題点があって……当人同士が恋愛する意識0みたいです。
満里子 ダメじゃない……。
飯合 あぁ……。

   間。

米太郎 ネガティブになってはいけません。なんでもうまくいくと思わないと!
八田 そうですね。
望月 確かに。
飯合 うん、なんとかなりますよー、たぶん!
米太郎 そう! ポジティブにいけば大丈夫ですよ!
満里子 そうね! なんだかもういける気がしてきた。
米太郎 開運のポーズはこうです。(貝のポーズを作って)貝運!

   ゲラゲラ笑う、満里子と八田。苦笑する飯合。望月だけが元気よく真似る。
   音楽。
   End of ACT1

 

 

 

 

 

 

SCENE7 (ACT2)

   レストラン。
   中央奥のテーブルで、望月と繭が食事をしている。
   望月が下手側で繭が上手側である。
   望月は、気合いの入った白いスーツを着ており、貝のレイなど貝グッズを身につけている。彼は、ワインをブランデー風に飲んでいる。

望月 ごちそうさまです。
繭 おいしかったでしょ?
望月 ええ、おいしかったです。よく来るんですか?
繭 はい。淑絵ちゃんの一押しの店なんです。
望月 ああ、そうなんですか。普段定食屋ばかりなので新鮮でした。
繭 わたしも、あんな小さくて穴ぐらみたいな映画館って初めてで、新鮮でした。
望月 いや、まぁ、たまたまあそこでいい映画がやってたもので……。

   短い沈黙。

望月 あの……繭さんは、今……その、特に、こう、恋愛というか……結婚というか……どうなんでしょう?
繭 ん~、どうだったかなぁ?
望月 どうだったかなぁって……自分のことじゃないですか。
繭 今月もよかったと思いますよ。確か、「クリスマスまでには彼が見つかるかも」とか。
望月 ああ、そういうことですか。ということは……やっぱりあれですか? 募集中というか… …
繭 わたし、クリスマスまでにはほしいなぁ。
望月 (テンション上がって)いやー、繭さんならすぐにできますよ! というか……
繭 初めて見たときに一目惚れしちゃったんです。
望月 (期待と疑念でパニックになり)えっ、一目惚れ? それはもしかして、いやそれとも……
繭 今、お金貯めてるんです。
望月 え、お金?
繭 ファーがふわふわなんですよ!
望月 ファー……
繭 しかも、もこもこでふかふかなんです。
望月 あ、コートかなにかですか?
繭 はい。
望月 ああ、そういうことですか。いや、でもお金を貯めなくても、彼氏にせがんじゃえばいいじゃないですか。
繭 わたし、彼氏いないですもん。
望月 (満面の笑顔でテンションが上がり)ああ、やっぱりそうですか!
繭 やっぱりってひどい~。
望月 いやいや! あ、これは失敬! 

   ウェイトレス、現れて。

ウェイトレス 申し訳ございませんが、もう少しお静かにお願いいたします。
望月 ああ、すみません!

   ウェイトレス、去る。

望月 いやぁ、そうですか……ちなみにそのコートはおいくら位なんですか?
繭 69800円です。
望月 おお、高いですね。でも……(自分が買ってあげる場合をイメージして)うんうん。案外占いが当たっちゃうんじゃないかなぁ。
繭 そうですか?
望月 というか……あの……
繭 でも恋愛っていいですよね。
望月 ええ、そうですね。ぼくも、恋愛中というか……。
繭 そうなんですか?
望月 あ! いや、ええ、ええっと……じっ、実は……(気持ちが高まる)
繭 淑絵ちゃん、うまくいくかなぁ。
望月 淑絵ちゃん……(気持ちが萎える)。

   ウェイトレスに連れられて、一哉と淑絵が入ってくる。

繭 一哉さんって、いい人そうですもんね。
望月 (一哉に気づいて驚き)一哉さん?
繭 (戸惑い)はい……。
望月 ああ……ん~、そうですね。

   一哉と淑絵は下手側のテーブルへ。
   望月、ドギマギしながら二人がテーブルに着くまで、視線が合わないよう舞台奥を向く。

繭 ……? (そっぽを向いて考え込んでるのと思い)あんまりいい人じゃないですか?
望月 いえいえ。一哉さん? いい人ですよ。ビックリするくらい。もうそろそろ出ますか?
繭 そうですね。
望月 ええっと、会計は……テーブルでかな?(伝票を探す)

   一哉と淑絵、席に着く。(一哉が中央向きで、淑絵が袖向き)

淑絵 どうですか? 
一哉 (店内を見回す)
望月 (目が合いそうになり、慌てて背ける)
一哉 いい店ですね。よく来るんですか?
淑絵 はい。みんなに教えてるんですよ。
一哉 へ~。
繭 (望月の様子のおかしさに)どうしたんですか?
望月 いえ、なんでも。店員さんを呼んでもらっていいですか?
繭 (結構大きな声で)すいませーん!
望月 あぁ!
淑絵 ?(軽く辺りを見る)

   ウェイトレス、中央テーブルへ。

望月 (ビクビクしながら)会計を……。
ウェイトレス かしこまりました。

   ウェイトレス、退場。
   望月は、パーテーションを自分たちが隠れる位置に動かす。

淑絵 (ハンドバッグから時計を出し)これが、実際のマリッジウォッチです。
一哉 へぇ~。ちょっといいですか?(手に取る)
淑絵 入籍した日からか、結婚式を挙げた日からスタートして時間を刻むんです。
一哉 面白いなぁ。
淑絵 結婚式のプログラムの中に、カウントスタートを入れるお客様もいらっしゃるんですよ。
一哉 ふ~ん。

   ウェイストレス、中央テーブルへ。

ウェイトレス こちらになります。

   伝票を伏せて置く。

望月 (抑えた声で)あ、すぐに……

   ウェイトレス、パーテーションを元に戻す。

望月 (抑えた声で)今払いま……

   ウェイトレス、聞こえず、去る。

繭 いくらですか?
望月 いやぁ、滅相もない。私が払います。
繭 でも、映画も出してもらったから……。
望月 いいんです、いいんです。
一哉 結婚って、そんなに特別なものですかねぇ?
淑絵 特別ですよ~。あんまり興味ないですか?
一哉 自由が大好きなんでね。
淑絵 それはわかります。わたしも一人は気が楽ですし。
一哉 でも、ご飯作ったり、洗濯したり、そういうのをやってくれるのはありがたいかも。
淑絵 (軽く笑う)前に結婚に関するアンケートをとったんですけど、結婚した夫婦の9割が「結婚してよかった」って答えてたんですよ。
一哉 そんなに?
淑絵 「どちらかというと」も含めてますけど。
一哉 ふ~ん。そんなにいいものなのかなぁ? 

   望月、支払いの準備が出来て、ウェイトレスに合図を送ろうとするが、近くにいない。

繭 呼びましょうか? (結構大きな声で)すいませーん。

   望月、すかさず、またパーテーションを隠れる位置に。

淑絵 ?(もう一度辺りを見回す)
一哉 なに頼みます?(メニューを開く)
淑絵 そうですね~(メニューを見る)
繭 いないですね。
望月 持って行きましょう。
繭 はい。

   望月、伝票とお金をつかんで立ち上がろうとする。
   そこに、ウェイトレスに続いて、飯合と結宇が入ってくる。

望月 なんで?

   気づいて、仰天する望月。慌てて、また席に座る。

飯合 あ、そこでいいです。

   飯合と結宇、席につく。淑絵と一哉を二人で見て、ニンマリ笑い、サングラスをかける。

繭 どうしたんですか?
望月 いやぁ、あ、チップを上乗せしておくのを忘れてました。
繭 チップまで払うんですか? お金持ちですね~。

   ウェイトレスは、水を持って下手側のテーブルへ。
   注文する一哉と淑絵。
   望月はまた財布を取り出し、小銭を出す。

結宇 (イヤホンの具合を確かめながら)聞こえる?
飯合 うん、聞こえる。
結宇 この店、ヘルシーでおいしいのよ。淑絵のお薦めなの。
飯合 ほう。その店に来るということはいい感じだね。
結宇 というか、淑絵が行ける店は限られるからね。淑絵の顔の表情が見えないなぁ~。

   望月、もう一つのパーテーションも、飯合と結宇から見えない位置にずらす。
   ハンカチで汗を拭う。

繭 まだ出ないんですか?
望月 ちょっと動悸が……。
繭 お水飲みますか? すみま……
望月 ああ、いいです……! ごめんなさい……。

   注文が終わり、ウェイトレス、去る。

結宇 話が盛り上がるといいなぁ。
一哉 今、考えているデザインは、入り口側に壁面とディスプレイを兼ねた棚を、奥行きを妨げない程度の張り出しで作ろうかなと思っていまして、緩やかなカーブを描いていて、入り口から見るとハート型に見えるんですよ。
淑絵 すごいいいですね。
一哉 天井の梁を隠す意味でもいいですね。もちろん圧迫感を感じさせないように、照明を棚の中にも仕込みます。これによって商品もかなり引き立つはずです。素材は合板にケイ酸カルシウム板を重ねたものにつや消し白塗装ですね。(水を飲む)
飯合 初っぱなから専門的な仕事の話だよ……。
結宇 仕事好きだな~。
飯合 これは引くでしょ。
淑絵 色々と試行錯誤していただいてありがとうございます。わたしは一哉さんを信頼してますから。
飯合 そうきたか。
一哉 いやぁ、「結婚イコール幸せ」というなら、幸せを感じる空間ってなんだろうって思いましてね。
飯合 貝ですよ、貝。
結宇 貝?
一哉 人によっては貝まみれが幸せだという人もいますし。
淑絵 貝ですか? 面白いですね。
一哉 有村さんは、なにが幸せですか?
淑絵 わたしですか~?
結宇 結婚っていえ。
淑絵 仕事しているのが幸せです。
結宇 なにそれ。
一哉 仕事ね。
結宇 男性に引かれる一番のパターンじゃん?
一哉 わかるなぁ。
結宇 わかるんだ。
淑絵 というか、好きな人と一緒にいるのが好きなんですよ。職場の人たち、みんな大好きなんです。
結宇 あたしを泣かす気かい……。
飯合 性格いいなぁ。これは響いたな。
一哉 わからないなぁ。
飯合 わからないのかよ。
淑絵 そうですか?
一哉 うん。なんかあんまり人といて幸せって感じたことなくて。
飯合 心閉じてるもんなぁ。
一哉 ライバルとか、出来の悪い部下とか。
淑絵 でも、だんだん幸せを感じるようになりますよ。
一哉 そうかなぁ?
淑絵 そんな気がします。だって、みんな縁がありますから。そりゃあ、自分と他人って全然違うから、思い通りにいかなかったり、うまく理解してもらえなかったりしてつらい思いすることはあるけど、それでもそこには気づきや成長があるし、わたしは、みんなに感謝です。
飯合 いい人だなぁ。
結宇 でしょ~?
飯合 所長には勿体ないんじゃないかと思えてきた。

   ウェイトレス、水を持って現れる。上手側のテーブルへ。

ウェイトレス ご注文はお決まりですか?
結宇 コーヒー二つで。
ウェイトレス ……。以上でよろしいですか?
結宇 はい。

   ウェイトレス、不快な顔を浮かべて去る。

一哉 親父は、なんで人付き合いがうまいんだろうってずっと疑問に思ってたなぁ。まぁ、それは人が好きだからでしょうね。
淑絵 人のあるがままを認めているんだと思います。
一哉 あるがまま……? おれに親父みたいな人を動かす力があれば無敵なのになぁ。
淑絵 それは違いますよ。動かす力なんて必要ありません。人が好きで、あるがままを愛していれば、勝手にみんな動いてくれるんですよ。喜んで。
一哉 ふ~ん、難しいですねぇ。
淑絵 一哉さんは才能もあるし、努力家だし、プロ意識が高いし、きっとその世界でトップを走る人だと思います。無理に周りを動かそうとしなくても、自然に動いていきますよ。
一哉 そうだといいですね。
飯合 すごい。あの所長にアドバイスをするなんて……。彼女しかいないんじゃないかと思えてきた。
繭 (沈黙に耐えかねて)そういえばさっき、「実は……」でいいかけてましたけど?
望月 え……? あ、それは……!
繭 はい(笑顔)。
淑絵 わたしなんか、なんにも才能ないから、羨ましいですよ。
一哉 そんなことないですよ。
淑絵 でも、今回のプロジェクト、一哉さんに依頼できてよかった。頼りにしてます。
結宇 ちょっと~、いい感じじゃない?
望月 出てからにしましょう。(立ち上がる)いいですか? 出口の方だけを見て、まっすぐに進んでいきましょう。

   繭が先頭に立ち、望月は懐中時計を見ている感じで頭を下げて続く。
   ウェイトレス、上手側のずらされたパーテーションを荒っぽく元に戻す。それが繭に当たり、更に繭の体が望月にぶつかり、懐中時計が転がる。
   繭の悲鳴と、望月の驚いた声に、床に落ちた懐中時計の音で、一斉に注目を浴びる。

ウェイトレス すみません! 大丈夫ですか?
飯合 (サングラスをずらし)あー! 望月さん?
結宇 (サングラスをずらし)繭?
一哉 飯合? 
飯合 あ!
淑絵 結宇! それに繭も?

   繭以外、みんなで指をさしまくる。

結宇 しまったー。(サングラスを取る)
一哉 お前たちは、一体……?(立ち上がり、近づく)
望月・飯合 (びくつく)
繭 (遅れて)あれー? 結宇ちゃんに、淑絵ちゃん? どうしてここに?

   みんな、繭を見る。

淑絵 どうしてって、こっちが聞きたいくらいよ。みんなも来てたんだー。じゃあ、一緒に食べましょうよ!
一哉 え? そういう反応?
飯合 なに、そんな気合いの入った格好で、しれっとデートしてるんですか?
望月 哲平君こそ。
飯合 ぼくはデートじゃないですよ。
一哉 デートじゃなきゃなんなんだ? 怪しいサングラスしやがって。(不機嫌オーラが増大する)
飯合 うぉっ、ブラックオーラ来た。ごめんなさい!
淑絵 ただ食事してただけじゃないんですか?
結宇 そう、ただ食事。
飯合 ええ食事。所長だってそうでしょう?
一哉 おれは……仕事の……(オーラ減少)
ウェイトレス (ぶつけた張本人なので言い出しづらかったが)あの……申し訳ございませんが ……。
一哉 うるさい! じゃあ、そのイアホンはなんだ?(オーラ増大)
飯合 これは……
ウェイトレス 店長~~。(逃げるように退場)
結宇 あのっ、ごめんなさい、盗聴してました!
淑絵 盗聴?
結宇 飯合君から預かった盗聴器を淑絵のバッグに仕込んで。
淑絵 そうなの?
一哉 飯合~。
飯合 ごめんなさい、悪気はありません!
結宇 でも、盗み聞きしようって言い出したのはあたしなんです。二人の会話が気になって……。
淑絵 趣味が悪い!
結宇 ホントごめんなさい。
一哉 (大きくため息をつく)
繭 まぁまぁ。ここはレストランですから。
淑絵 そうね。
結宇 繭はなんでここに?
繭 なんでって……わたしたちは映画を観て、それで……ねぇ、なんで、望月さん?
望月 え、はい! それはっ、はい!(もうわけわからなくなっていて、さっきまで頭を巡っていた言葉を口にする)繭さんに「付き合ってください」と告白するためです!
全員 ?
望月 あ……! (頭を押さえ)あ、あーー!(脳ミソがパニックになり、表情は放心)
繭 (頭を深く下げ)よろしくお願いします。
全員 ?
望月 あーーー?(脳ミソはパニックながら、最高の嬉しさが顔に浮かぶ)

   暗転。
   音楽。

 

 

 

 

SCENE8

   ハセベウォッチ。夜。SCENE7の約2時間後。
   ウェディングドレスを着て麗が登場。こそこそと周囲をうかがっている。鼻歌を歌いながら、くるくると回る。
   そこに淑絵が現れる。

淑絵 麗?
麗 淑絵?
淑絵 どうしたの、そんな格好して?
麗 オ、オープニングイベントのリハーサルだよ。歩きやすさとかチェックしておかないと、本番失敗したら恥ずかしいじゃん。
淑絵 でも、まだ半月も先だよ。
麗 いいの! 不安なことは早めにクリアにしておきたいの。
淑絵 さすがだね。
麗 似合う?
淑絵 バッチリ。
麗 忘れ物?
淑絵 ううん。残業。一哉さんと比べたら、全然あたしダメだわ。仕事が中途半端。
麗 一哉と今日会ったの?
淑絵 うん。食事してきた。
麗 食事? 二人で?
淑絵 うん。
麗 へ……へぇ~。
淑絵 聞いてー、いつもの店行ったんだけど、結宇と須暁建築事務所の飯合さんが尾行してて、会話を盗み聞きしてたんだよ。
麗 なにそれ? なんで?
淑絵 結宇って、あたしと一哉さんをくっつけたいみたい。
麗 へ……へぇ~、そうなんだ。
淑絵 あたしはまだいいけどさ。
麗 いいんだ。
淑絵 相手に対してすごい失礼だよね。一哉さん、結構怒ってた。
麗 それで?
淑絵 それで? なぜか、繭と須暁建築事務所の望月さんが食事してた。
麗 いや、そういうことじゃなくて……え? 繭? なんで?
淑絵 わかんない。今日デートしてたみたい。すごいんだよ。レストランのど真ん中で望月さんが告白して、繭もOKしたの。
麗 えー! 衝撃的……。
淑絵 なんかもうすごかった。
麗 繭がねぇ。相手の人はいい人なの?
淑絵 あんまりよく知らないんだよね。とりあえず白くて貝な人だった。
麗 白くて貝?
淑絵 あ~あ、しばらくあの店行けないよ~。一哉さんに悪いことしたなぁ。
麗 一哉のこと好きなの?
淑絵 (ビックリして)なんで? 取引先の方だよ? そんな意識ないよ!
麗 そうなの?
淑絵 常識でモノを考えてよ。
麗 そうだよね。
淑絵 いい人だとは思うけどね。尊敬できるし。麗は昔付き合ってたんだよね?
麗 え? なんで知ってるの? あいつ、そんなことまでいったの~?
淑絵 いや、繭が……。
麗 繭にそんなこといった覚えないけどなぁ。
淑絵 じゃあ、勘違いが的中してたんだ。
麗 いっとくけど、たいして好きじゃなかったよ。
淑絵 そうなの?
麗 身勝手に留学するし、記念日にサプライズも一切ないし、面倒くさいぐらいプライド高いし。孤独に強いんだか寂しいんだかわからない態度なくせに、愛を示さないし、受け入れもしないし。
淑絵 そこはあたしと一緒だ。
麗 あんなに愛してあげたのに。
淑絵 たいして好きじゃなかったんでしょ?

   間。

麗 ……淑絵なら、構わないよ。
淑絵 なにが?
麗 なんでもない。それよりか、あんた病み上がりなんだから無理しないほうがいいよ。
淑絵 いや。入院して迷惑かけたし。
麗 かかってないよ。
淑絵 責任者だし。
麗 みんな責任者だよ。

   間。

淑絵 彼氏とうまくいってるの?
麗 まぁね。あたしの中では……。

   間。

淑絵 結婚したい?

   間。

麗 あたし、もう27だよ!
淑絵 あたしもね!

   二人、笑う。

淑絵 ちゃんと終電までには切り上げるよ。ご飯食べてリフレッシュしてきたから大丈夫。
麗 うん。
淑絵 麗、ホント似合うわぁ、ウェディングドレス。
麗 ありがと。着てみる?
淑絵 あたしはそんな柄じゃないよ。
麗 出たな、自虐発言。
淑絵 自虐かなぁ?
麗 自虐だよ~、病気になってから、割り切りすぎじゃない? 病気になったからこそ、幸せを贅沢につかみにいかなきゃ。
淑絵 う~ん。
麗 ……。じゃ、あたしは帰るね。
淑絵 うん、おつかれ。
麗 おつかれさん。
淑絵 それで帰るの?
麗 帰らないよー。ばれないように更衣室までいくのが大変。
淑絵 (笑う)

   麗、去る。
   淑絵、ほおづえをついて軽く考え込む。
   音楽。

 

 

 

 

 

 

SCENE9

   数日後。昼。須暁建築事務所。
   拭き掃除をしている八田。望月は写真立てを眺めて、ニマニマしている。
   飯合と高梨夫妻が、テーブルで貝を使ったゲームをしている。
   『天貝魔貝』
   ※要はオセロの変形型。6×6マス。天貝と魔貝に分かれる。貝の形をした白と黒の駒を置いていき、間に挟まれた相手の駒をひっくり返せる。ただ、持ち手18駒のうち、3駒はランクが違う。天貝は天使の絵柄、魔貝は悪魔の絵柄が入っており、通常はひっくり返されない。相手が天使か悪魔を置いたケースのみ、ひっくり返される。 全マスの中で、どれだけ持ち手の駒が多いかを競う勝敗と、残った天使と悪魔の数で勝敗を決する2つのルールがある。

八田 ねぇ、ちょっと朝から何回写真眺めてるの?
望月 眺めてませんよ。
八田 3分間で26回見てたよ。
望月 数えないでください!
米太郎 あ、これは天使なので、貝ではひっくり返せないです。
飯合 え、そうなんですか?
米太郎 天使をひっくり返せるのは悪魔だけです。
飯合 早くいってくださいよ~。もう3駒中2駒使っちゃいましたよ。
満里子 4駒挟みのときは、貝でも天使や悪魔をひっくり返せるってしたら?
米太郎 あ~なるほどねぇ。
飯合 それでいきましょう! 「シェル4」は最強設定で。
満里子 その名前、かっこいい!
八田 所長の恋愛を手伝うべき人が……。
望月 恋愛は事故みたいなものです。
八田 やっぱり貝のおかげ?
望月 間違いないですよ。絶大な効果です。
八田 わたしも恋がしたいなぁ~。
望月 結婚してるじゃないですか。それはいけません。
八田 これ貸して。(貝のレイを奪って、自分の首にかける)
望月 ちょっと返してくださいよ!
飯合 (腕時計を見て)やばい! もうPM1:00です! 所長に怒られる。早く片づけてください。

   急いで片づけ始める高梨夫妻。
   八田はレイを望月の首にかける。

飯合 ……というか、あれ? なんで5分前に戻ってないんだ?
八田 (ちょっと笑顔で)事故?
望月 戻ってきました!

   八田は掃除してるフリ。望月は仕事をしいるフリ。
   飯合たち、片づけが間に合わず、「天貝魔貝」をぶちまける。
   一哉、缶コーヒーを片手に登場。

飯合 すみません、すぐに片づけます!
満里子 すみません、すぐに帰ります!

   一哉、ため息をつき、素通りしてデスクへ。
   硬直。

飯合 ……怒られなかった……。
満里子 ため息ついてましたよ?
八田 もしかして恋煩い?

   みんな、「えー?」という顔をする。

飯合 作戦、早速成功? やったー。
米太郎 そんなすぐに……?
望月 恋ってそういうものですよ。
八田 これで恋が実ったら、改造計画達成だね?
飯合 実ったも同然です。いい雰囲気でしたから。
望月 怒らせてたじゃん。
飯合 あれは望月さんが悪いんですよ。

   一哉、デスクから現れる。
   瞬時にちりぢりになり、望月と飯合は机へ。
   高梨夫妻はそそくさと片づけを。

満里子 ……どうもぉ、失礼してますぅ。
八田 (近寄って)所長、きっとうまくいきますよ。
一哉 ……なにを簡単に。
八田 自信がないんですか?
一哉 こればっかりはおれ一人の問題じゃないからな。
飯合 (小声で望月に)やっぱりそうだ……。
八田 わたしたちにできることがあればなんだってしますから。ね? ヒロちゃん、哲平君?
飯合 え? ええ、もちろんです。
望月 貝グッズはお薦めです。所長は、嫌いかもしれませんが、すごく効きますよ。
一哉 貝……(ゲームを見る)。それは、貝にちなんだボードゲーム?
米太郎 ええ。「天貝魔貝」っていうゲームの試作品です。
一哉 よくなんでもかんでも思いつきますね。(座る)
米太郎 考えるのが楽しいんですよ。

   電話が鳴る。八田が出る。

一哉 どれもヒットしてるんでしょ?
米太郎 どれもって訳ではないですけど、失敗も気にせずやってます。必ず失敗はあるものですからね~。
満里子 恐れてはいけませんよ。明るい前向きな気分でいれば、いい結果を引き寄せられます。
一哉 う~ん。あなたがた得意なポジティブマインドですね。
満里子 みなさんが望んでらっしゃるんですから。
飯合 (小声で望月に)自信たっぷりに見えて、意外にチキンですよね。
望月 (小声で)本気で恋をしたら誰だって臆病になるよ。
米太郎 頑張る必要はありません。自然な流れに任せるんです。楽しいという気持ちやインスピレーションに従って行動すれば、まずうまくいきます。例えうまくいかなくても、それは違う成功へのステップになってるものです。
一哉 なるほどねぇ。
八田 所長。石塚レインボー工務店さんから、所長に代わってほしいと。
一哉 おたくにはもう頼まないといってやって。
八田 ええ? どういうことですか?
一哉 おれのセンスと合わないから。
八田 20年近くのお付き合いなのに。
一哉 取引先を一新したいんだよ。飯合、お前からちゃんと説明してくれる? 
飯合 ぼくがですか?

   飯合、電話に出る。とにかく平謝り。

満里子 いきなりなにもかもを変えようとしないほうがいいですよ?
一哉 理想の状況に近づけるためにはしょうがないんです。妥協もしてますよ。事務所の内装を変えたかったんですが、一旦保留にせざるをえないし。
八田 よかった。
飯合 (電話を切り)今から行って謝ってきます。(出かける準備をする)
八田 哲平ちゃん、よろしくね。
望月 これ。(貝のレイを差し出す)
飯合 それは火に油を注ぎますよ。(カバンを持ち)じゃ、ちょっと行ってきます。

   飯合、出て行く。
   沈黙。望月と八田、文句をいいたくてもいい出せない。

一哉 それと……あなたがたの依頼を引き受けます。
米太郎 本当ですか?
満里子 よかったー!
一哉 望月に設計をさせますが、よろしいですか?
米太郎 ええ。全然構いません。
望月 いいんですか?
一哉 望月ならあなたがたの要望にそった設計が出来るでしょう。
望月 ありがとうございます! 高梨さんには恩義がありますから、全身全霊を捧げて設計いたしますよ!(二人に握手を求める)
満里子 (握手をして)わー、広海地さんが設計するなんて素敵!
米太郎 (握手をして)よろしくお願いします。(一哉に)またどうして急に? あんなに嫌がってらっしゃったのに。
満里子 米ちゃん、それを聞くのは野暮でしょ。
一哉 野暮?
望月 愛が理解を導いたんですね。
一哉 気持ち悪いな。
八田 所長が変わってきてくれて嬉しいです。やっぱり恋愛って人を変えるんですね?
一哉 さっきからなにをいってるんだ? 要するに、お金がないんだよ、この事務所には! 銀行の口座を見てビックリした。くそっ、親父のやつ……。
望月 そういうことですか。
一哉 そういうことですかってなんだ?
望月 あ、いえ。
八田 でも、やっと現状を知ってくれたんですね。それだけで嬉しいです。
一哉 だから、リストラを検討しています。

   間。

望月 リストラ?
八田 そんな? 誰をリストラするっていうんですか!
一哉 (八田を指さす)
八田 わたしには子供がいるんですよ! これから制服や教科書を買ったり、塾に通わせたり、家計が大変になるというのに!
一哉 できることがあればなんだってするっていったでしょ?
八田 そういう意味じゃなくて~!
望月 いやいや、ちょっと待ってください!
一哉 大した仕事してないじゃない。
八田 全然変わってない~! もう泣きそう!
米太郎 一哉さん、それは……。
一哉 楽しいインスピレーションです。
八田 ドS~!
望月 本気ですか?
一哉 それが嫌なら真剣に仕事することだな。八田さんをリストラすれば、すぐにでも事務所の内装に手をつけられるんだから。
八田 (涙ながらに)仕事します~。何でもします~。
一哉 じゃあ、契約書の準備をして。
八田 はい~。お茶も汲みます~。
一哉 八田さんをリストラしたら、コーヒーサーバーが置けるなぁ。
八田 鬼ー、悪魔~!
望月 所長、あんまりいじめないでください。泣かないで。よしよし。

   望月は貝のレイを八田にかけてあげる。
   望月に肩を抱かれて八田と二人退場。
   一哉、ため息。

米太郎 理想と現実のギャップですねぇ。
一哉 そう。両者の隙間には嫌いな妥協が必ずある。
満里子 現実を見なければ理想をたくさん見られますよ。実際、理想に近づく早道です。
一哉 面白いですね。普通、「現実をよく見なさい」というものなのに。
満里子 わたしたちの考え方は、自然の流れに任せることに尽きます。現実を見ないというか……そのままにして、あるがままを認めるんです。
一哉 あるがまま……。
満里子 現実ばかりを見たら、人は行動でなんとかしようとします。無理矢理理想に近づけようとしたり、理想との距離に落胆したりします。だから苦しいんです。
一哉 じゃあ、どうすればいいんです? 努力や行動以外に解決しようがないでしょう?
満里子 楽しい気持ちで理想を描くだけでいいんです。そうすると、自然な流れは、理想に向かいます。
一哉 まさか。
米太郎 信じられませんか?
満里子 これはいろんな思想や宗教の中に含まれている真理ですよ。一哉さんの思考が、一哉さんの未来を作っていくんです。だから、今現在の現実ばかりを見るのではなく、未来の理想を思い描くのはとてもいいことなんですよ。わたしたちがポジティブでいるのは、ポジティブな未来を作っていきたいからです。
米太郎 ポジティブでいると、またポジティブな人を引き寄せて、うまく回転しだすんだよね?
一哉 貝が……そこまで教えてくれたんですか?
米太郎・満里子 (笑う)
一哉 (苦笑いして)どうも……そういう世界は……。
満里子 貝はきっかけに過ぎませんよ。ここだけの話、貝に力なんてないです。
一哉 (驚いて)……詐欺?
満里子 いいえ。体験談の全ては本物ですし、ものすごい効果を上げています。
米太郎 要するに、気持ちの問題なんですよ。貝を持つことで、安心する。貝のように流れに任そうとイメージすることで、人生の抵抗をなくそうとする。奇跡の物語を聞いて、自分にも奇跡が起こるのではと期待する。それらのポジティブな思考が、本当にその方向に導くんです。
満里子 安心できる存在一つあれば、大丈夫です。

   沈黙。

一哉 親父もそんなようなことをいってましたね……。思い出した……。いつもニコニコして、母親が病気で倒れたときも明るくて、バカじゃないかと思っていたけど。
満里子 素晴らしい生き方ですよ。悲観的になって、得は一つもないんですから。
米太郎 哲平君や広海地さんや八田さんにとって、元哉さんは安心できる存在だったんでしょう。一哉さんが彼らにとって安心できる存在になれば、万事うまくいきますよ。
一哉 ……(納得したくないという表情で)一応聞きますが、それにはどうすれば……?
米太郎・満里子 (一回顔を見合わせて、笑顔で)一哉さんがポジティブ人間になることです。

   間。

一哉 ……悪魔だ。
満里子 それと、一哉さんも安心できる存在を探してください。……というか、もう近くにいるんじゃないですか?(笑う)
米太郎 満里ちゃん。
一哉 ……ふぅむ。
米太郎 しかし、なんにしてもよかった、よかった。
満里子 おめでたいわ。今日は赤貝ね。
一哉 赤貝? 赤飯じゃなくて?
米太郎 よろしかったら、今晩皆さんも食べに来てください。
一哉 いや……。
米太郎 望月さーん、八田さーん、今晩赤貝を食べながら宴貝といきませんか~?(退場)
望月(声) あー、いいですねー。
八田(声) 行きたいです~。
満里子 (一哉の横へ)結婚はいいものですよ?

   間。

一哉 はぁ?
満里子 (一哉の頭を指さし)その思考が未来を創りますっ。

   音楽。

 

 

 

 

 

SCENE10

   クリスマスの音楽。
   ハセベウォッチ表参道店プレオープン日。
   舞台は控え室。奥は店舗スペースへと続く通路となっており、店舗スペースは舞台袖となる。パーテーションとパーテーションを1メートルほど開けて配置し、これが控え室の入り口となる。オープンイベントは店舗スペースで行われるため、客席からは見えない。
   控え室は、真ん中にテーブル(事務所の机・デスクをくっつけて配置)。角にはタキシードが置かれている。

   麗はウェディングドレスを着て、繭に髪を結ってもらっている。手には携帯電話。
   結宇は司会の練習をしており、横で飯合が助言している。
   服装は、麗たちハセベウォッチのものたちはドレス。須暁建築事務所のものたちはややドレッシーなパーティー用の服装。

   一哉と淑絵が店舗スペース(舞台袖)から現れる。

淑絵  ホントにすごいですね~。今までの店舗で一番綺麗でかっこいいですよ。
一哉 ブランドイメージを高められればいいね。

   控え室へ入る。

一哉 有村さんはようやく休めるの?
淑絵 ええ。今日はもうパーティーを楽しむだけです。
一哉 おつかれさま。よく頑張ったね。
淑絵 いえいえ、一哉さんと比べたら。
一哉 (麗を見て)綺麗じゃん。
麗 でしょ?
一哉 お前も嫁入りかぁ。
麗 泣けてくる? 店舗のデザイン、すごく評判いいよ。
一哉 それはよかった。
麗 予算オーバーだけどね。
一哉 泣けてくる?
麗 黒字だから平気。
一哉 いいねぇ。
麗 事務所のほうは順調なの?
一哉 まぁ、だんだんと。
淑絵 ねぇ、彼は?
麗 まだ到着してないの~。どうしたんだろう?
淑絵 携帯は?
麗 繋がらないの。プリペイド式だから切れちゃったのかなぁ?
繭 ちゃんと日時と場所は伝えてるんでしょ?
麗 うん。
淑絵 時間がないね。

   司会をしている時の姿勢について助言していた飯合が結宇の眼鏡を鼻眼鏡にさせる。

結宇 やだー!
飯合 いいよ、これ。萌え~だよ!
結宇 あたしそんなキャラじゃないよ。
飯合 それで胸元開けたらサイコー。(胸元に手を伸ばす)
結宇 こらっ。(ひっぱたく)
飯合 あいたー。(嬉しそう)
一哉 ……。
淑絵 ……。

   舞台別空間にマリオ登場。コートを着ている。携帯で電話をかける。
   麗の電話に着信。

麗 あ! 電話が来た!
淑絵 よかった、大丈夫かな?
麗 (電話に出て)もしもし、マリオ?
マリオ あ、麗?
麗 どうしたの? 今日わかってるでしょ?
マリオ うん。でも行けなくなっちゃった。
麗 行けなくなった? なんで?
淑絵 えー! ちょっと……
マリオ あの……今、警察。
麗 警察? なんで? また食い逃げしたの?
マリオ ううん。逮捕された。
麗 逮捕ー?

   皆、びっくりする。
   マリオの横に婦人警官が現れる。

マリオ うん。よくわからないけど……(婦人警官に)なにっていってましたっけ?
婦人警官 不法滞在。
マリオ 不法滞在。
麗 不法滞在ー?
マリオ うん。
婦人警官 さぁ、もういいでしょ?
マリオ あ、ごめん、行かなきゃ。あの……コートありがとうね。

   マリオ、婦人警官に連れられていく。
   茫然自失の麗。
   静寂。

一哉 ……あ~……だから心配したんだよ。
麗 うわーーん! なんでー?
繭 占いが当たったね。
淑絵 呑気なこといってないで。
結宇 どうしよう~?
麗 マリオが逮捕……。
淑絵 (麗を抱きしめて)麗……。
繭 強制送還されちゃうのかな?
結宇 だとしても色んな手続きを踏んでからでしょ? すぐにいなくなるわけじゃないよ。
淑絵 事実関係がわからないよね。
一哉 新郎新婦のイベントはもうすぐだろ? 
淑絵 そうなんですよ。
結宇 お得意様に招待状とプログラムを送ってるから、やめるわけにはいかないでしょ?
麗 お得意様のためにも社員みんなのためにも、それは無理。
一哉 おれが代わりに新郎やろうか?
結宇 そうしてくれると助かります!
淑絵 ありがとうございます。よかったー。
一哉 しょうがないよ。サイズ合うかな?
結宇 入場退場とマリッジウォッチのカウントスタート、それから写真撮影くらいなので、難しいことはないと思います。ね、麗? つらいだろうけど、ここは気持ちを切り替えて、一哉さんとウェディングイベントを成功させよう。
麗 あたしやらない。

   短い間。

淑絵 麗ー。
麗 だって! たった今彼氏が警察に捕まったところで、元彼と新郎新婦ができると思う?

   間。

一哉 そりゃ、ごもっともだ。
淑絵 でも! それじゃあ、どうすんのよ!
麗 淑絵がやって。
淑絵 え?
麗 淑絵がやってよー。あたしは、もう寝込みたい!
結宇 (目を輝かせて)それいい~!
繭 (目を輝かせて)淑絵ちゃんならできるよ!
淑絵 ちょっと待って……。
飯合 (目を輝かせて)ぼくも断然いいと思います!
一哉 いきなり入ってきやがった。
結宇 いい、いい、それいい! そうしよ?
繭 もう淑絵ちゃんしかいないよ。決まり!
淑絵 わかった。プロジェクトリーダーとして、自ら締めくくる!
繭 さっすが、淑絵ちゃん!
一哉 決まりだな。すぐに着替えよう。飯合、手伝ってくれ。
飯合 はいっ。
結宇 淑絵も、麗とチェンジしなきゃ!
繭 結宇ちゃんも台本直さなきゃ!
淑絵 大変だー!

   暗転。
   音楽「結婚行進曲」。
   結宇の司会の声が聞こえる。

結宇(マイク)「それでは、これより新郎新婦の入場でーす! 皆さん拍手でお出迎えください。」

   照明がついたとき、そこにいるのは望月。
   背後では、結宇のマイクの声が聞こえている。結宇の台詞は以下の通り。
   「ご覧ください。お二人の両手首には、マリッジウォッチがこのようにキラリ輝いております。結婚式の華やかな壇上を一層輝かせるゴージャスなデザイン。二人の思い出の主役となることは間違いありません。お二人がお召しのタイプは、ペアウォッチタイプの特別限定モデルで、二つのリューズを合わせなければ、カウントはスタートいたしません。カウントがスタートいたしますと、何十年経っても、1秒の狂いも出ません。ハセベウォッチ最高の技術による精度です。文字盤とケースには合計100個ものブリリアント・カット・ダイヤモンドを使用しております。皆様の手前のショーケースにはペアウォッチ、シングルウォッチの全タイプを展示いたしております。ちなみにシングルウォッチの場合は、二つのスタートボタンをお二人で同時に押して頂くとカウントスタートとなります。さて、新郎新婦がご入場されたところで、これより、マリッジウォッチ・カウントスタートと参ります。新郎新婦、ご用意はよろしいでしょうか? お二人の時計を近づけてください。それではカウントスタート! 今、お二人の時計が時間を刻み始めました。これからお二人の幸せな時を刻んでいくのです。皆さん、お祝いの言葉をお願いいたします。(おめでとうコール)本当におめでとうございます。お二人は実は、この表参道店を新規オープンにするにあたりとても頑張ってこられました。新郎は須暁建築事務所の所長で、この素晴らしい店舗の設計をしてくださいました。新婦は、弊社の事業本部に所属する社員で、オープンに向けたプロジェクトリーダーを担ってきました。もう、この二人、本当に結婚しちゃえばって感じです。(会場から笑い)それではこれより写真撮影タイムに入ります。みなさん、どうぞ前のほうへお進みください。」

望月 いやぁ、もう始まっちゃったなぁ。なんで冬なのにこんなに汗かくんだろ? はぁ~、みなさんが戻ってくるまで待とうか。……結婚かぁ。いいなぁ。一生縁がないのかとも思ったけど、(しみじみと)今、ようやくこの人だと思える人に出会えた。(ぶつぶつと)いや、だけど、ここに来て突き落とされるってことも考えられるし、浮かれてばかりじゃダメだ。ここからは慎重に、じっくりと愛を育んで……。

   繭が現れる。

望月 そして、ここだというタイミングで、「繭さん、ぼくと結婚してください!」ってね……。
繭 はい。
望月 えーー? 繭さん、いたんですか? (パニックになって)というか、「はい」? え、いいんですか? いや、その「はい」はなんの「はい」ですか?
繭 今のプロポーズの返事です。
望月 えーー? いいんですか? ぼくなんかと?
繭 なにか間違ってました?
望月 いえっ、全然!
繭 びっくりしました。
望月 ぼくがびっくりですよ!

   ちょうど、イベント会場で「おめでとう」というコールが上がる。

繭 カウントスタートしたんだ。
望月 ぼくらに「おめでとう」っていわれてるみたいですね?
繭 そうですね。

   短い沈黙。

望月 ぼくは、真面目な以外は、なんの取り柄もない人間ですが、繭さんを幸せにするために全力を注ぎます。必ず幸せにします。
繭 わたしも、広海地さんをしっかりサポートして、広海地さんを幸せにします。

   二人の距離が縮まる。キスしようとしたときに、麗が戻ってくる。

麗 あぁ! ごめん! 邪魔した?
繭 ううん、そんなことないよ。どうしたの?
麗 あの場にいるのがつらいから逃げてきた。
繭 そうだよね……。警察、行かなくていいの?
麗 うん。行けないよ……。そろそろフィンガーフードも出るから、食べに行ってきていいよ。
繭 うん。じゃあ、行きましょっか?
望月 そうですね。(ハンカチで汗を拭いながら)なんでこんなに汗かくんだろう? 

   望月と繭、店舗スペースへ。

麗 ……なんでみんな幸せなんだろ? そうだよねぇ。幸せな人もいれば不幸せな人もいるよねぇ?   

   そこにマリオが現れる。部屋を探している。

麗  大丈夫かなぁ……マリオ? 思い返せば、ずっとトラブル続き。騙されてたのかな? マリオのバカー!
マリオ (入ってきて)あ、ここ?
麗 マリオ? え、どうしてここに?
マリオ ごめん。逮捕じゃなくて、じょ、じゅ、じじゅーちょうしょう?
麗 事情聴取?
マリオ そう、それ。
麗 それで?
マリオ なんか、ハーフで、生まれは日本だから、ちゃんと手続きを取ればいいんだって。よくわからないけど、紙書いてきた。
麗 どういうこと?
マリオ 誰かが不法滞在だって、警察にいったみたい。だから捕まったけど、大丈夫だった。
麗 もうよくわかんない。
マリオ ボクも。怪しまれてたんだね。警察も肩すかしだったって送り出してくれたよ。
麗 結局は問題なかったの?
マリオ うん! 勇み足!
麗 よかった。
マリオ イベントは?
麗 もう始まっちゃった。
マリオ そっか。間に合わなかったね。ごめん。
麗 なんとかなったから大丈夫。おいしいものがいっぱい出てるよ。食べに行く?
マリオ うん。お腹ぺこぺこ。

   麗とマリオ、店舗スペースへ消える。
   ウェディングドレスを着た淑絵がやってくる。イスに座る。

淑絵 はぁ~~……疲れた。……結婚かぁ。(マリッジウォッチを見る。少し幸せそうな表情)ま、いい思い出になりました。……結構蒸れるな。(ドレスをめくって足を開く)

   一哉がケーキを持ってやってくる。

一哉 おつかれさま。

   淑絵、慌てて足を閉じてドレスを直す。

淑絵 おつかれさまです。本当に助かりました。ありがとうございます。

   一哉、握手を求め、淑絵と握手する。

一哉 ケーキ、どうぞ。
淑絵 (やや硬直し)あ……ありがとうございます……。

   飯合が二人分のシャンパンを持ってくる。

一哉 ああ、ありがとう。
飯合 いえいえ、これくらい。(一哉の背中をぱんとたたき)お似合いですよ。(小声で)ちゃんと褒めましたか?

   ニヤニヤしながら飯合、去る。

一哉 ……あぁ……綺、緊張したけど、楽しかったね。(シャンパンを差し出し)これ、どうぞ。
淑絵 (やや硬直し)どうも……。
一哉 「おめでとう、おめでとう」って、そんなに結婚はおめでたいかねぇ?

   そこに、望月と繭が来る。

繭 あ、ここにお二人が。
望月 あ。この度、結婚することになりましたのでご報告いたします。
繭・望月 (頭を下げる)
一哉 ああ、そうか。

   一瞬の間。

淑絵 え?
一哉 結婚?
繭・望月 はい(笑顔)。
一哉 ……おめでとう。
繭 淑絵ちゃんも、がんばってね。

   二人、お辞儀して去る。唖然とする一哉と淑絵。

淑絵 繭が結婚? つきあい始めたばかりでしょ? どういうスピード?
一哉 なんだろなぁ。飯合と、おたくのとこの滝さんも怪しいし。
淑絵 やっぱりそうですよね? 

   そこに麗とマリオが現れる。

麗 あれ? すれ違っちゃってた?
一哉 おお、マリオ! どうしたんだよ!
マリオ あも……(口にモノが入っていてうまく喋れない)
麗 逮捕されてなかったの。もう大丈夫、ごめんね、二人には迷惑かけて。
淑絵 そうなんだ~。ううん。いい経験になったよ。マリオが戻ってきてよかったね。
麗 うん。さっき、パパに紹介したんだ。
一哉 お前まで結婚するとはいわないよな?
麗 パパの額に血管が浮き上がってた。結婚はまだ先になりそう。
一哉 そっか。
麗 安心してもダメよ。あたしはもうあなたのものじゃないんだからね?
一哉 わかってるって。
マリオ (自分と麗を指して)愛。
麗 うん。愛。
一哉 おい、本当に愛はあるのか?
マリオ 行こ。
一哉 マリオ。
麗 二人ともお似合いだよ~。
マリオ (一哉と淑絵を指して)愛。

   麗とマリオ、去る。

淑絵 心配だわ~。
一哉 あの二人は、まだまだハプニングがありそうだな。
淑絵 でも、みんな幸せそう。
一哉 おれたち、花嫁花婿なのにな?
淑絵 ホントですよね? 羨ましい~!
一哉 それが本音?
淑絵  幸せになるべきは、わたしたちですよ。
一哉 ホントそうだ。

   間。

淑絵 (急に照れて)あ……今のは、そういう意味じゃないですよ……。
一哉 (急に照れて)うん、わかってる、わかってる……。

   間。

一哉 ケーキ、食べないの? 嫌いだった?
淑絵 あ……あの……、(勇気を絞って)あたし、食べられないんです。
一哉 食べられない?
淑絵 食事制限があるんです。実をいうと。アルコールも……あまり良くなくて。
一哉 そうなの?
淑絵 はい。クローン病という病気で。
一哉 クローン病……?
淑絵 簡単にいうと消化器全体に潰瘍ができちゃう病気です。それで会社も一時休職してたんですよ。復帰して最初の仕事がこのプロジェクトだったんです。
一哉 ……まだ治ってないの?
淑絵 はい……。クローン病って、難病指定されてて、まだ完全な治療法が見つかってないんです。
一哉 そうなの? (ショックを受けて)そんな大変な病気を抱えているんだ。
淑絵 食事と薬さえ気をつけていれば、普通に生活できるので。
一哉 ……。どんな食事がダメなの?
淑絵 肉類とかお菓子系とか、麺類もラーメンはダメですし、野菜も生野菜とか繊維が多いものは……。アイスとかコーヒーもダメです。
一哉 それ、厳しいな……。
淑絵 3食の内、1食か2食は、エレンタールっていう栄養剤を摂取してます。
一哉 ……言葉にならないな。
淑絵 外食も、和食屋さんとかヘルシーなレストランじゃないと食べる料理がなくて……。面倒くさいですよね? だから……結婚なんて、まるで夢……今日、花嫁さんやれてよかった……。

   沈黙。

一哉 幸せに、なるべきだよ。おれも、あんたも。いや、幸せになれる。誰だって、みんな違うし、みんな欠点とかコンプレックスとか障害とか何かしら持ってるんだから。そんなの個性だよ。だから、みんなそれぞれの幸せがあるはずだ。そう、あるがままを認めてしまえばいいんだよ。貝みたいに流れに任せて。そうすれば、いつのまにか波打ち際には、幸せがたくさん集まってるよ……。って、いつのまにか高梨夫婦の影響受けてる……!
淑絵 (笑顔で)そうですよね。病気になって、感謝できることがたくさんあるのに気づけたし、友達や家族にすんごい温かい励ましもらって、幸せに感じています。今仕事が出来ることも幸せ。別に結婚だけが幸せじゃないですもんね?
一哉 いや……諦めることはないよ。未来は、これから創っていくんだから。あんたのあるがままを大好きだといってくれる男性が現れるよ。そんな人物を思い描いていれば、いつか目の前に……。
淑絵 (一哉をじっと見て)思い描く人が……目の前に……。

   見つめ合う、二人。
   そこに、麗、マリオ、結宇、飯合、繭、望月がどわっと控え室の入り口に押し寄せ、口々に声をかける。

麗 一哉、淑絵ー。
結宇 集合写真を撮りますよー! 
繭 花嫁さーん。
望月 花婿さーん。
飯合 おっほー! いい感じー!
マリオ みんな、愛!

   目を合わせる一哉と淑絵。

一哉 行こう?(手を差し伸べる)
淑絵 はい。(手を取る)

   二人、手をつないで、彼らのほうへ。
   突然、6人はクラッカーを鳴らす。
   驚く一哉と淑絵。笑って拍手する6人。

   エンディング音楽が流れる中──幕。

 

 

 

 

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上演規定

 

 

「ポジティブな悪魔たち」

      -The Positive Devils-

 

                  作:別役慎司

 

                        成立2008年 初演2009年1月