Long Day's Journey Into Night
At the Lyric Theatre on 26th February 2001
 この作品はユージーン・オニールの「夜への長い旅路」であり、オニール作品の中でも特に重く激しく悲劇的である。というのも、彼自身の家族を描いたものだからだ。オニールは自分の中で少々特別な存在である。戯曲を一心不乱に書いていた大学時代、オニールの影響は大きかった。特に、悲劇を突き動かす、人にはどうにもならない力「背後の力」への意識は、自分とよく似た作劇上の注目点であった。
 オニールの悲劇が上演されることは、「悲劇」というものが根本から理解できていない日本ではもちろん、イギリスにおいてもその重さや筆致の強烈さからあまり上演されない。しかし、ケビン・スペイシーが主演した「The Iceman Cometh」のように、上演が成功すれば強烈な印象を残す。
 まずもって、このプロダクションは、俳優の力量に優れていた。オニール作品を上演するには俳優の力量が優れていなければならない。俳優たちは、苦しいほどに激しく見事に演じていた。中でも息子の病気の不安などから家族に隠れて薬物に手を出す母親役Jessica Langeは、最高難度の役柄をほとんど完璧に演じていた。オニールの感情は表に飛び出す時も激しいが、裏に潜んでいるときも猛烈なエネルギーを持っている。その両者を見事に舞台に出した。オリヴィエ賞にノミネートされるのも当然といえる。
 簡素且つ美しい白色基調の舞台に、この作品の魅力を存分に引き出したと思う。しかしながら、作品の長さ・重さから眠い思いをしたのも事実である。オニールの作品をよく知らない人にはつらい時間であったかもしれない。
Romeo & Juliet
At the Barbican Theatre on 27th February 2001
 この「ロミオとジュリエット」はパッとしなかった。RSCは昨今レベルの低下を指摘されているが、なんともそのような印象を如実に感じざるを得ない。俳優は基本的に力を持っているから、演出家のほうに問題があるのだろう。
 この作品はホワイトステージが基調。後方に波状に2.5m程度の塀がある。しかし、この塀が大して機能していないし、張り合わせたベニヤが美観を損なっている。最もこの芝居で気になったものとして、
この塀に男の血が付くのだが、シーンが進んでも血が付いたままで、真っ白にこの血だから非常に気になった。アクシデントで付いてしまったのだろうか?
 あと全体的にもさして目を見張る箇所はなく、あまりいい出来とはいえなかった。まぁ7£で真ん中やや前という席に座れたのだから安いものだが、観光に来ていた日本人は二階席にいたが、おそらくもっと高い値段で買ったのだろう。
Medea
At the Queen's Theatre on 27th February 2001
 エウリビデスの「メディア」。非常に激しく狂気に満ちた独特の雰囲気を内包した作品である。主役に
名優Fiona Shaw、イアーソン役に「Baby Doll」でも活躍したJonathan Cakeを擁してDeborah Warnerが徹底的に激しくナイフで抉るように演出した。
 舞台はQueens劇場の内壁をむき出しにし、古い煉瓦を見せることでギリシアらしさを醸し出していた。そして広く取った舞台にはガラスのスケーネがあり、現代的でもなく古代的でもない異様な空間を創っていた。
 とにかく感情表現が鋭利である。鋭利で激しい。人間の表面的で社交的な上っ面の感情表現ではなく、根源的で野性的で深い所から放出される感情である。
 惨殺する血とプールの水、絶叫の唾、こういった「水分」が生々しさを助長させているように思う。現代的な衣裳や、世界観の伝わらない装置など演出的に解読できないことはたくさんある。だから、なにがいいのかわからない人や、ついて来れない人は多かったかもしれない。しかし、評論家の評価は悪くはなかったようだ。
Life x3
At the Old Vic Theatre on 28th February 2001
 この作品は「ART」で有名のYasmina Rezaの最新作。少ない役者で、場所はリビングという設定はよく似ている。彼女の得意なやり方なのか。いや、ヒット作にあやかったのか。しかし、「ART」より構成に凝っている。生活を三つの視点、すなわち三人の人物から描き、人物関係を絡み合わせている。構成は「ART」より凝っているが、そのような手法に頼って書いたような作品で、内容は「ART」より劣る。観ていてもなんだかつまらなかった。雨に濡れながらせっかくチケットを手に入れたのだが。劇作家は書いていくうちに技術的な手法を色々と覚えていくが、しばしばそんな技術的な独創性のみで内容に乏しい作品が生まれる。そうそう中身があって、人を引きつけられる作品は数多く生まれない。
 男女関係を描いているということにも問題があるのかもしれない。不倫の恋といっても、これまでに描かれすぎていて、内容自体に目新しさがない。
The Graduate
At the Gielgud Theatre on 28th February 2001
 舞台装置を観ただけで「アメリカか?」と疑い、芝居が始まってやっぱり「アメリカだ」と思った作品。アメリカの作品はアメリカらしさが随所に見える。ブロードウェー型はだだっ広い舞台に必要以上の贅沢な舞台装置、オフ・ブロードウェー型はお粗末な装置にケバい照明、台詞回しや仕草はよく見るホームコメディーのような感じの大げさで笑い取りなもの。しかし、この作品はMade in Englandらしくて、アメリカらしさを感じるもののなかなかいい作品で、ブロードウェー産ならトニー賞とれるんじゃないかと思った。
Benjaminは若き青年で、ガールフレンドを持ちながら、大人の色香に悩殺されて、 Mrs Robinsonの元を訪ねる。彼女にいいように遊ばれながらも、ガールフレンドとのことも真剣に考えなければならなくなる。青春と大人への階段を上る人生の節目を、時に可笑しくユニークに、時にしみじみと描いていて好感が持てる。Mrs Robinson役のAmanda Donohoeはハマリ役で人気を博していたようだ。特に彼女の誘惑の仕方とBenjaminの弄ばれかたは面白かった。
 
Stones In His Pockets
At the Duke of York's Theatre on 1st March 2001
 この作品でオリヴィエ賞の主演男優賞、最優秀コメディー賞が出た。そんなこともあって話題の作品になっていた。「賞もの」ということで日本でもやるようだ。期待して、観にいったのだが、単刀直入にいって期待はずれだった。コメディーというよりショーかパフォーマンス、劇場を笑いにいくところと思っている多くの一般票に押されての受賞ではないだろうか。
 約二時間の二人芝居である。二人の男優で、女役もふくめて多数の役柄を演じながら、小さな村での映画撮影の模様をおもしろ可笑しくマンガのように展開させる。確かに、多数の役柄をこなすという点では俳優の力量を感じるが、女役など笑い取りにしか感じられない。
 エンターテイメントショーとしては笑える。しかし、ショー的な笑いは笑い取りの笑いであり、オリヴィエ賞の授賞対象になるのはいささか納得のいかないものだ。実際、批評家の賞では、ほとんどこの作品の名前は出てこない。
 しかし、こういう手軽に出来る芝居は、日本でもニーズが多い。翻訳出版されれば、手を出す高校演劇部、アマチュア劇団は多いだろうなぁと思う。
Rememberance of Things Past
At the NT Olivier Theatre on 1st March 2001
 観るのを楽しみにしていた作品。「The Cherry Orchard」と合わせて、日本でかなり前から予約しておいたので非常にいい席で観ることができた。定価の30ポンドだが5500円くらいで最高レベルの芝居を最高の席で観られるのだから幸せだ。
 マルセル・プルーストの「失われし時を求めて」を三時間以内に納めている。したがって、展開は非常について生きづらい。長く過酷で波瀾万丈の人生も、この作品の中では明滅するイルミネーションのよう。まさしく走馬燈のように過去は描かれる。
 当初NTのCottesloe劇場で上演していたものだが、大きなOlivier劇場に移った。映っても、基本はEmpty Spaceで、多彩な照明と最小限度の家具、きらびやかな衣裳、スピーディな場面展開でいい演出である。ちなみにこの作品は衣裳部門でオリヴィエ賞を受賞している。
 主役のMarcel役Sebastian Harcombeは美男で1900年当初の時代にマッチしており、感情微細ながら優雅で卓越している。総勢45人のキャラクターの生み出すアンサンブルもまた少しもごちゃごちゃしておらず、洗練したものである。
The Cherry Orchard
At the NT Olivier Theatre on 2nd March 2001
 この芝居を観たいがためにイギリス行きを決めた。Trevor Nunnの「桜の園」。ナンは前年、ゴーリキーの「The Summerfolk」という非常にチェーホフ的な作品を上演し成功を収めている。世界で最もセンスのある演出家がいったい「桜の園」をどう演出するのか非常に見応えがあった。この作品も、はじめはCottesloe劇場で上演していたが、Olivier劇場に移ったものだ。
 「Remembrance」と同様に、基本はEmpty Spaceで、家具や木馬などが所狭しと置かれている。上部には大きな額縁のようなスペースがあり、そこには桜の園が見える。美しくももの悲しいロシアの貴族の生活と衰退を実によく描いている。「桜の園」の作品はよく知っているので、俳優の描き方、表現の仕方に目を見張るものがあった。以前、日芸で「桜の園」を上演したときに、我々は多くのサブテクストを汲み出したものだが、さすがはNTの役者というべきか、何枚も上をいっている演技を見せてくれた。
この作品の持っている可能性の豊かさ、人物の個性と生活感が溢れんばかりによく描かれていた。俳優の力量も演出家の力量も並はずれている。
 なにもない空間であっても、クッションとパラソルを持ってきただけで、当時のロシアの屋外となる。俳優たちは、一瞬にしてリアルな場を創り出すことが出来る。これは理想的なことだ。アンサンブルを壊さず、人物の愛嬌ある魅力的な個性が次々に光っては消える。芝居の流れも、コミカルで観客の休まるところや、シリアスで観客の注意がひきつけられるところと、絶えず変化していくが、約三時間という時間でまるで退屈しない。このような演出をしたいものである。Trevor Nunnの演出は、非常に勉強になる。 注: 文字用の領域がありません!