DIRECTING

*以下の文章は、旧ホームページコンテンツ「The Highest Directing」より転載しました。

Introduction
 ここでは、実際に上演に向けてどういった演出法で、どういった稽古がされ、また、どのような舞台を創造していくのか、演出を担当する別役から簡単に概要を紹介いたします。実際稽古に入れば、その具体的な内容などもみなさんにお伝えできるでしょう。

 いくら素晴らしい演出的な思考ができても、それを実行に移し、目に見える形で舞台まで上げるのは非常に困難です。どんなに優れた才能と独創的なアイデアを持っていても、舞台が成功するとは限りません。
  重要なのは「演出のプロセス」です。上演に携わる全ての人間の能力を最大限に引き出し、あらゆる欠点を克服し、あらゆる不具を矯正し、素晴らしいアイデアを最高の形で具体化し、一つの芸術作品を舞台に創造する。そこには数限りない重要なプロセスが存在するのです。
  ぼくは昔、学生時代苦しんでいました。どんなにあっと驚かせるような演出を考えても、それを形にするまでにいけないことを知っていたからです。
  転機は、RADA(英国王立演劇学校)の演出家ピーター・オイストン氏との出会いでした。日大芸術学部で行われた彼のワークショップで、「形にするための方法」を知ったのです。それは彼の演出家としての「財産」だったのですが、今ではぼくの財産でもあります。頭だけの演出家が手足を得ることが出来、演出家としての自信を得ました。
  それからも、ぼくはたくさんの財産を蓄えていきました。99年から2000年までのイギリス留学では多くのものを得ることが出来ました。「演出のプロセス」はイギリスが世界一研究されているといえるでしょう。
  世界の最前線で行われているトップクラスの演出法を、この劇団に導入しています。といっても、演出法は魔法ではないので、ぼくたちの力量以上のものは創れません。だからこそ、いい芝居を創るために絶え間ない努力が必要なのです。

Rehearsal-1-
 稽古の最初は戯曲読解から始まります。脚本はどんな芝居でも中心になります。まず、脚本ありきです。優れた演出家というのは、独創的な演出をする人でもほとんどが脚本の重要さをまず挙げるものです。
  脚本は、みんなで読んでいきます。決して演出家のアイディアを語り、それに従わせるための稽古ではありません。みんなで読んでいく際に、ユニットに区切ったり、ユニットの中でのタイトルなどを決めて、その後の読解や稽古に役立てます。みんなで読んでいきながら、全ての台詞に目を向け、「Why」という問いかけをしながら、「Subtext」を隅から隅まで探っていきます。テキストとして書かれた部分は戯曲の氷山の一角でしかありません。ですから、最初の印象だけで理解したと思ってはいけません。みんなの意見を聞きながら多角的に掘り下げます。
  このサブテクストをどれだけ探れるかが、その後の演出等に大きく影響します。サブテクストは、脚本の理解を広げ、自分のたちの創る舞台に無限大の可能性をもたらします。

Rehearsal-2-
 テーブル上での脚本読解が終わっても、脚本を探っていくことは終わりません。
ストレッチや訓練法、シアターゲームなどをかたわらで行いつつ、早速脚本を置いて稽古を開始です。といっても台詞は喋りません。登場人物、話などを理解し、更にサブテクストを無限に広げ、更に更に演技と演出の可能性を開拓するために、いくつかのフレーズに分けて、稽古を行っていきます。
  まず「I Do」。これは自分の行動を全て口に出していっていくものです。「わたしは髪をなでる」「わたしは**の目を見る」といったように。これで行動の可能性を見つけていきます。
  次に「I Want」。これは自分の感情を口に出していっていくものです。「灰皿を投げつけてやりたい」といったように。これで感情の可能性を見つけていきます。
  行動と感情の両面を、自分自身で開拓していくことで、登場人物がより自分のものになり、演技にも自信が溢れます。
  それから「I See」。今度は目に見えるものとイメージを見つけていきます。イメージというのも、演技のなかで非常に重要な要素です。
  この三つは演技開拓の三本柱といえるでしょう。こういったプロセスの中で、演出家自身もアイデアを出したり、細かいところを調整したりもしますが、おおむね役者たちに自由にやらせます。
  大切なことは、役者と演出家、みんなで創っていくということです。決して、演出家が「こうして」「ああして」「その位置に立って」などと指示するだけの演出ではありません。

 ちなみに、この演出法は、ピーター・オイストン氏のものが基本のベースとなっており、更にそのベースはスタニスラフスキーシステムです。

Rehearsal-3-
 稽古の過程で、自分の演技や、自分自身の役者としての能力に疑問を持つ人が出てくるのは自然なことです。特に、難しい役柄をあてがわれたとき、どんなに周到に準備をして、他人の励ましを受けても、袋小路に入ってしまうことがあります。そうなってしまったとき、カウンセリングをし、うまく導いてあげることも演出家の役目です。
  それには経験が必要なのですが、その役者が今どういった状態にいるのか、正しく把握すること、それからどうすればスランプから脱出できるのか、適切なアドバイスをしてあげることが肝要になります。
  皮肉なことに、演出家と俳優は、様々な面で異なる生き物です。ですから、意見が合わず、お互いに気分を悪くしたという経験をされた方も多いのではないかと思います。
  それらの問題を極力起こらなくさせるためにも演出家は努力します。まず、全員でディスカッションをし、みんなで創っていくという姿勢はそのベースになります。その際には、演出家と俳優は全く異なる視点を持つということを意識し、お互い立場を理解していなくてはなりません。それから、各個人個人も視点が違うということを意識し、それぞれの意見を尊重しなければなりません。演出家の視点・俳優の視点・個人個人の視点、お互いを信頼しあえれば、稽古はスムーズに展開します。
  しかし、それだけでは上記の問題をクリアできません。あらゆることに気を配り、全体を統一する演出家は、もっともっと理解する能力が求められます。つまり、どれだけたくさんの視点を持てるかが演出家の実力を左右します。
  ぼくは、もし世界一の演出家がいるとしたら、その人は劇作家の視点と演出家の視点、そして俳優の視点、その三つを携えている人だと思います。これは超人的なことですが、ぼくは「三種の神器」と呼んで、その獲得を目指してきました。ぼくは、劇作家の視点と演出家の視点は既に持っていました。しかし、俳優の視点は持っていません。少しでも、俳優の視点を持つために、役者として舞台に上がったこともあります。それはとても参考になりました。しかし、同時に「やはり全然違う」という印象を持たざるを得ませんでした。
  そこで、頼るのは、やはり役者たちの意見をよく聞き考えるということと、俳優がどういうものの考えをして、どういった心理状態で、どういうことにスランプになり、どういう解決策があるのかということを研究することです。
  嬉しいことに、その面での研究もイギリスでは非常に進んでいるのです。ですから、ぼくは多くの偉大なる先人たちの経験と、現場の役者たちの声によって、診断書のような三つ目の神器を持つことが出来るのです。あとは経験によって、本物の神器に変えていく努力が必要でしょう。

 以上のように、STONEψWINGSでは様々な面で演出家がサポートします。 

Rehearsal-4-
 さて、実際にプロの現場で使われている、最先端の演出法で稽古は行われていきますが、その中で即興を行うのも一つの大切な要素です。日本でも、即興はしばしば行われるようになりました。けれど、まだまだ暗中模索段階のようです。即興もまた演出家の高い能力を要求する稽古です。
  即興は重大なシーン、役者がどうしても「わからない」と袋小路に陥ってしまうシーンなどで、行われ、作品の内容によってはほとんどが即興的なものになる可能性もあります。
  即興の効能はたくさんあります。登場人物、またストーリーの「Before Time」「After Time」など「Subtext」を一気に開拓し、作品の理解を広げ深めると同時に、演技にリアリティーが伴い、役者たちは自信と楽しさを得ることが出来ます。
  即興稽古は、公演プロジェクトまでの、ワークショップの中でも随所で行う予定ですので、演技することに不安な初心者の方も、いい練習になるでしょう。

Rehearsal-5-
 みんなで創っていく稽古過程も、終盤にさしかかると、それまで稽古を潤滑に進め、サポートしてきた演出家も、いよいよ本領を発揮します。つまり、演出プランを具体化していきます。と、同時に、アイデアに溢れ、毎回のように違う演技をしていた役者のそれも、どんどん固められています。
  これは演出スタイルをどうとるかによります。ほとんど役者の即興まかせになるか、立ち位置に至るまで綿密に指示を与えるか。全ての作品が同一ではありません。

 この段階で、装置や照明、音響・音楽効果なども考慮に入れ、舞台化のイメージがどんどん明瞭になっていきます。しかし、俳優たちは、これまでの稽古の過程でどんなことにも対処できる準備が出来ているでしょう。演技を支える、重要な要素をここまでにしっかりと押さえてきているからです。役者たちは、公演が迫り、自らの演技が固まり始めると、とてもストレスが溜まってきます。演出家はプランをいち早く具体化したかったり、演技の修正をしたかったりで、この時期演出家と俳優の間にジレンマが生じやすいことは確かです。
  ですから、演出プランの具体化に入ったら、テキパキと指示を与え、役者たちのストレス解消のためにシアターゲームなどの時間を作ります。公演にいかに間に合わせるかも演出家の役目ですが、「間に合わせなきゃ」というみんなの焦りをうまくほぐすのも役目です。そして、適度な集中力を持続するということも大切なことです。

The Highest Directing
 このように、演出家はあらゆる面をサポートしつつ、一つの芸術作品へと最高の形で統合していきます。
  そして、演出家の色が現れ、その才能と独創性、実力を発揮する最終段階では、本当にセンスが問われます。ぼくは、劇作家としても演出家としても、想像力と創造力に自信を持っています。それはこの道を目指すきっかけになったものですから。
  日本で行われている演出とは明らかに様子が違うということはあらかじめ理解しておいてください。基本的に演出はプロセスであり、演出家は俳優を創造的な状態にさせるのが大きな目的です。もちろん全ての決定権は演出家が持っています。みんなで創り出すアイディアの数々を生かすも殺すも演出家のセンスになります。

1999年執筆
2002年改訂

STONEψWINGSの、また別役慎司の演出というのは、簡単に説明するとこうです。

@プロセス重視
演出過程は演出の意図を具現化させる作業ではありません。演出過程は、俳優の創造性を存分に引き出し、その過程で俳優が自分の役をつかみ、すべての台詞・動きを納得して、正当化して表現できるようにさせる作業です。演出は、うまくプロセスに沿って俳優たちを導いてやるのと、最終的な完成度を高めてやるのが仕事の大半です。確かなプロセスを踏むために、スタニスラフスキーシステムやRADAのスタイルを取り入れています。「I DO」や「I WANT」がその例です。

A美・芸術性
舞台は美しく、演劇は芸術でなくてはならない、ということですが、別に変に美的センスを追求したりはしません。色彩の統一感やシンプルな舞台を好みますが。表現するということは芸術であるということです。

BEmpty Space
優秀な演出家はこの形式を好みます。ピーター・ブルックの言葉から来ています。舞台は、できるだけ裸舞台に近く、舞台と客席との間に緊密な空間を創れるようにします。目に見えるものではなく、目に見えない空間が大事です。役者のイマジネーションや感情もおのずとこの空間では増幅されます。

C読解力
戯曲を深くまで読みこむことが大事です。書かれていることは氷山の一角に過ぎないので、サブテクストを発掘していきます。

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