第3回 「1956年」

イギリス 演劇王国への礎

 1956年という年は、イギリス演劇の歴史の中で非常に重要な年です。今回のコラムでは、この記念すべき1956年にフォーカスを当てます。

  イギリス演劇が昔から、世界でトップの地位にいたわけではありません。100年前にはスタニスラフスキーやチェーホフのいたロシアが、それから50年前まではラインハルト
やアルトー、ブレヒト、ベケット、イヨネスコらのいたフランスやドイツが世界演劇の先陣を切っていました。アメリカにおいても、未だ開拓中の遅れた国であったにも関わらず、たった一人でアメリカ演劇をヨーロッパのレベルまでのしあげ「アメリカ近代演劇の父」と呼ばれたユージーン・オニールを筆頭に、アーサー・ミラー、テネシー・ウィリアムズといった偉大な劇作家が生まれていました。

  1956年という年を迎えるまで、イギリスは演劇後進国だったのです。ノエル・カワード、テレンス・ラティガンといった売れっ子喜劇作家がいたのですが、いつまでたっても中流階級・上流階級に受ける、軽くてちょっぴり上品なコメディーばかりで、観客層もおのずと固定されていました。

  1955年から、変化の兆しはありました。演出家ピーター・ホールは弱冠25歳にして、イヨネスコの「The Lesson(授業)」、ベケットの「Waiting for Godot(ゴドーを待ちながら)」を立て続けに上演し、イギリスに不条理演劇という風を吹き込みました。

  そして1956年、ジョージ・ディヴァインによってESC(English Stage Company)が結成され、5月8日、ついにジョン・オズボーンの「Look Back in Anger(怒りを込めて振り返れ)」が上演されます。

  この作品がイギリス演劇に与えた衝撃というのは計り知れないものでした。それまでの大人中心の社会・文化の抑圧下で、若者たちの「自分自身を表現したい」「人生を楽しみたい」「大人社会をひっくり返したい」というエネルギーはすでに爆発せんばかりに蓄積されていました。その爆発の火種を作ったのがこの「Look Back in Anger」です。この作品の想像以上の反響に当時の演劇人たちは驚き戸惑いました。「Look Back−」の主人公ジミー・ポーターは「Angry Young Men(怒れる若者たち)」の代名詞とされ、Youth Culture(若者社会)が一層クローズアップされるようになりました。

  時の名優にして国民の英雄、ローレンス・オリヴィエは、一度目観にいったときは「イギリスを茶化したものに過ぎない」と否定的だったのですが、二度目アーサー・ミラーと観にいったとき、「イギリスで最初の現代劇だ」と熱狂するミラーに考えを改め、「ぼくのために脚本を書いてくれないか」と頼みます。(その作品は「Entertainer」という題で上演)

  それからESCの劇作家を中心にたくさんの現代劇が生まれ、イギリス演劇は内部から活気づいていきました。

  更に、1956年はブレヒトの「Mother Courage(肝っ玉おっかあとその子供たち)」が上演された年でもあり、ブレヒトの「Epic Theatre(叙事詩的演劇)」が様々な形で紹介・研究され多大なる影響を及ぼしました。

  不条理演劇に叙事詩的演劇と、内からだけでなく外からも演劇改革の激しいうねりがあり、そのなかでイギリス演劇はたくましく成長しました。伝統的な古き良き演劇と、革新的な演劇は融合しあい、さらに教育面でも大学・演劇学校の配備によって研究が進み、優秀な人材を輩出し、いつしか世界一といっても過言でない演劇王国を築くに至ったのです。

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