「LEAVES」
 
             作:別役慎司
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 登場人物
 
・私
・マザー
・ファザー
・ブラザー
・ティーチャー
・シスター
・ドクター
・ラバー
 
――同じ性別であれば複数役を兼ねても構わない。その場合、ブラザー=ラバー、ファザー=ティーチャー、シスター=ドクターとするのがよい。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
SCENE0
 
   底浅のベースに、葉っぱが四枚、水の上に浮かんでいる。
 
   音楽。
   「私」登場。
   ベースを両手で持ち上げ、葉っぱに向かって息を吹きかける。
 
   私の背後に私の影。
   私、背後の自分の影に気づき、振り返る。
   私が横にずれると、影は二つに。
   私の影が手を振ってくる。それを見て、私も手を振り返す。
 
 
SCENE1 BIRTH
 
   ファザーとマザー。マザーは赤ちゃんを抱っこしている。
   断続的に赤ちゃんの泣き声。
 
マザー かわいらしいわ。赤ちゃんってなんてかわいらしいのかしら。ねぇ、あなた?
ファザー 手放しで喜ぶ主義ではないんだ。さぁ、ぼくにも抱かせて。
マザー あなたのスーツが汚れるわ。クリーニングにいくらかかると思うの?   
ファザー 金なら出してもいい。
マザー さぁ脱いで。
ファザー 早く、君ばかり抱いてるじゃないか。(スーツの上着を脱ぐ)さぁ、抱かせて。
マザー シャツが汚れるわ。
ファザー シャツぐらいいいよ。
マザー わたしの口紅がついて怒ったことあるじゃない。
ファザー 子供を抱くのは共通の権利だ。ほら、泣いてるじゃないか。
マザー 子供は泣くものよ。
 
   マザー、ファザーに赤ちゃんを渡す。
   赤ちゃんの泣き声、止まる。
 
ファザー ほら、泣き止んだ。
マザー 緊張してるのよ。
ファザー 赤ん坊が緊張するもんか。ぼくになついている。
マザー なつくって、動物に使う言葉よ。
ファザー うるさいな。
 
   赤ちゃん、泣き始める。
 
マザー 大きな声出すから。
ファザー 子供は泣くものだろ。ああ、なんてかわいいんだろう。これが、かわいいという感覚なんだ。
マザー わたしに対してかわいいっていったのはなに?
ファザー これぞ、かわいい、だ。
マザー わたしとどっちがかわいい?
ファザー 比べるには違いすぎるよ。
マザー 泣いてばかりで、この世に生まれて幸せじゃないのかしら?
ファザー 子供は泣くものだ。
マザー じゃあ、なんでずっと泣いているの?
ファザー え?
マザー 死ぬまで。
ファザー 赤ちゃんである以上はずっと泣いているよ。
マザー ずっと赤ちゃんなの?
ファザー (よくわからず)なに?
 
   赤ちゃんの泣き声、止む。
   沈黙。
 
マザー さぁ、次はわたしの番よ。
ファザー その次はぼくの番だ。
マザー ええ。
ファザー 先に使っていいかな、ぼくの番?
マザー まとめて? 何回分?
ファザー とりあえず3回分。
マザー とりあえずというのはよくないって、いつもあなたいってるじゃない。 
ファザー この子を見ていると、なにもかも曖昧でいい気がしてくる。感化されているんだ。
マザー じゃあ、3回分ね。
ファザー (赤ちゃんに)君はぼくだ。
マザー 言葉を教えなきゃ。
ファザー まだ覚えないよ。
マザー でも、話しかけなきゃ。この子がいい子に育つように、褒めてあげなきゃいけないわ。あなたの苦手なことね。
ファザー この子相手なら、いくらでも褒められるよ。かわいい、かわいい、かわいい。
マザー それ、褒め言葉? なんてボキャブラリーがないの。 
ファザー ボキャブラリーなんていらないよ。「快活で聡明でなんて抜きんでた人間的魅力を備えているんだ」なんて褒めるのかい?
マザー わたしに対して、「虹色黄金虫のように綺麗だ」って褒めたことあったわよね。
ファザー 虹色コガネムシ?
マザー そう。
 
   短い間。
 
ファザー ぼくがいったのは虹色クワガタだよ。
マザー どっちでもいいわ。
ファザー まだ怒ってるの?
マザー 思い出しただけ。
ファザー あれは君の服に対していったんだよ。
マザー それ、フォローしているつもり?
ファザー 虹色クワガタは美しいよ。
マザー それ、フォローしているつもり?
ファザー あ、虹色クワガタも美しいよ。
マザー 不思議。よく赤ちゃんを抱きながら、喧嘩をふっかけられるわね。
ファザー ふっかけてないよ。君も落ち着きなって。さぁ、交代しよう。
マザー まだ3回分経ってないわ。
ファザー もう経ったよ。(赤ちゃんを差し出し)さぁ、これで落ち着きなさい。
マザー いいって。
ファザー 腕が疲れてきた。
マザー まだ2回分残ってる。
ファザー 意外に重いな。
マザー 抱き方が悪いせいね。
 
   赤ちゃんの泣き声。
 
ファザー ほら。
マザー ほらってなに。いいわ、貸してご覧なさい。
ファザー 子供は貸すものじゃないよ。
マザー じゃあ、ちょうだい。
ファザー あげるものじゃないよ。
マザー なんていえばいいの?
ファザー ぼくたちのものなんだから……
マザー ええ。
ファザー わたしが抱くわ、でいいんじゃないか?
マザー わたしが抱くわ。
 
   ファザー、マザーに赤ん坊を渡す。
   音楽。
 
マザー この子はわたしたちのもの……。
ファザー (愛おしげに見つめながら)うん、ぼくらのものだ……。
 
   溶暗。
 
 
SCENE2 GROWTH
  
   私、登場。
 
 私、私……私は私……。
 
   ブラザー、登場。
 
 (振り返り)あなたは誰?
ブラザー 君の弟だよ。
 弟……そうだった。私は、四人家族で幸せに暮らしていた。
ブラザー 幸せ? なにをもって幸せだというんだい? どこで幸せというものを理解したんだ?
 あなたは誰?
ブラザー 君の思考だよ。
 
   間。
 
 幸せじゃなかったの?
ブラザー 幸せだったか、幸せでなかったか、ぼくはどちらにも解釈できるよ。肝心なのは、君がどう感じるか、だ。
 わからない……。
ブラザー わからない、と解釈することも出来る。
 ……解釈?
ブラザー 解釈はいいから、どう感じるかいってごらん?
 
   私、しばらく立ったまま、前方を見る。
 
 晴れていて、曇って、雨が降って……。喜んで、怒られて、ガッカリして、ワクワクして……。なんだか、色々あるみたい。
ブラザー それが人生だからね。
 じゃあ、幸せだったか、幸せじゃなかったかは意味がないのね。
ブラザー 意味はあるよ。気分が違うはずだもの。どちらでも解釈できるんだから、好きな方にしたらいい。
 じゃあ、私は幸せだった。
 
   音楽。
   ファザー、マザーも現れる。
   プロジェクターで疾走する映像。
 
マザー あなた、海に行きましょう!
ファザー よし、海に行こう!
ブラザー やったー!
 
   空を飛ぶように、景色に突入する。
   海へ。
   サーフィンをするときのような波の音にカモメの鳴き声。
   気持ちよさそうな私。
 
ファザー 今度は山だ!
マザー 素敵! 山に行きましょう!
ブラザー わーい、山だー!
 
   山へ。
   茂みを高速で駆け抜けるような音。
   ピクニックへ。ファザーが敷物を広げ、マザーがランチボックスを広げる。
   草原に寝っ転がる四人。年齢的にブラザーは7歳くらい、私は10歳くらい。
 
ファザー いやぁ、気持ちがいいなぁ。休みって素晴らしい。
マザー 家族は素晴らしいでしょ。
ファザー いうまでもないことさ。
ブラザー パパ、サッカーしよう!
ファザー よし!(立ち上がる)
 
   サッカーを始める。
 
ブラザー パパ? なんで今日は寝てないの?
ファザー 寝ないよ。なんでだい?
ブラザー 休みの日は寝てるんでしょ。
マザー (笑う)
ファザー 遊ぶときは寝ないんだよ。
ブラザー えー、いつも遊ぼっていってるのに。
マザー (笑う)
ファザー わかった。これからはもっと遊んであげるよ。   
ブラザー やったー。
 ママ。私、やりたいことあるの。
マザー なぁに? ピアノ? バレエ? 習字? そろばんは古いわよ。生け花かしら?
 ううん。
マザー 塾? 塾は中学校に入ってからでいいのよ。あなたの年なら、通信講座ね。
 ううん、私勉強好きじゃない。
マザー ダメよ、そんなこといってるから、学校のお勉強についていけないのよ。
 私……
マザー そうだ、家庭教師をつけてあげましょう。
 ママ。私、勉強は……
マザー なぁに?
 私、ゲームがしたいな。
マザー ゲーム?
 みんな携帯でね、ゲームしてるの。
マザー ダメダメダメダメダメダメ。ゲームなんかしてると脳みそ溶けちゃうのよ。
 みんな脳みそ溶けちゃう?
マザー そう。
 私ゲームしてないのに脳みそ溶けた?
マザー なに?
 それか、ペット飼いたいな。
マザー ペットね。携帯で?
 ううん。本物のペット。
マザー ミドリガメはダメよ。サルモネラ菌持ってるから。
 サル?
マザー う〜ん、でもねぇ、死んだとき悲しむわよ。
 私が死んだら悲しむ?
マザー なに? 悲しむに決まってるじゃない。
 じゃあ、私ペット?
マザー ペットじゃないわよ。命ってそういうものなの。
 カメ死んでも悲しむ?
マザー そうじゃなくて。
ブラザー ママ、バッタ(バッタを差し出す)。
マザー きゃあ!(思わず振り払う)
ブラザー あー! どっかいっちゃった。
ファザー こっちにもいるぞ。
ブラザー ホント?
マザー それで、なにがやりたいの?
 え?
マザー 結局、なにがやりたいの?
 
   間。
 
 ……今のままでいい。
マザー そうなの? なんでもいいなさいね。あなた、はっきりものをいわないんだから。
 うん……。
 
 
SCENE3 EDUCATION
 
   マザーと私、椅子に座り、その前にはティーチャーが座っている。
 
   二人の会話で、「いや」のときにドの音。「ただ」のときにレの音。「でも」のときにミの音。「あの」のときにソの音。「もう」のときにラの音が鳴る。
   シスター役のものが玩具のピアノで弾く。
 
ティーチャー いや、お子さんは優秀だと思いますよ。ちゃんと宿題もやってきますし。ただ、あまり他の子と溶け込まないのは事実です。
マザー でも、表情を表に出さない子でしょう。
ティーチャー いや、繊細な子なんですよ。ただそれだけです。
マザー でも、うちでは物を壊したりします。
 あの
マザー でもきっと、家と学校では違うんでしょうね。
ティーチャー そうですね。ただ、それはみんな一緒だともいえます。
マザー 他の子は問題を起こしますか?
ティーチャー いや、問題だという捉え方は良くないですよ。ただ、もう少し、心を開いてくれたらなと思います。
マザー でも、学校の環境とか、クラスメートの性格とかも関係ありますでしょ?
ティーチャー 関係ありますよ。ただ、わたしも10年近く教師をやっていますが、別段溶け込みにくいクラスだとは思えませんね。
マザー いや、そうではなくて。
ティーチャー なんですか?
マザー いえ、ただ、特定の子にイジメられたりはしてないかと。
ティーチャー そんな報告はありませんね。
マザー でも、見てないところで。
ティーチャー いや、断じてありませんよ。うちのクラスでは。あとにも先にもありません。わたしが担任ですから。ただ、別のクラスの子にイジメられてるという可能性は否定できません。
マザー そうなんですか?
ティーチャー とりあえず報告はありません。
マザー でも、もう一度調べてみては……
 あの……。
ティーチャー 直接聞いてみましょう。(私を見る)
マザー でも、正直にいいます?(私を見る)
 イジメられていません。
ティーチャー ほら。
マザー 本当に?
ティーチャー 問題はなにもありませんよ。ただ、お母さまが問題だと思っているだけですよ。
マザー いや、実際に物を壊したりしてますし。
ティーチャー では、家庭でのストレスが強いんでしょうね。お父さまはなんておっしゃってるんです?
マザー ただ、好きなようにさせておけばいいと。でも、それだともっと悪くなってしまいますよね?
ティーチャー いや、いちがいにそうとはいえませんよ。
 あの
マザー どうぞ正直にいってください。
ティーチャー なにをです?
マザー この子が……
 あの、私の話を聞いて!
マザー なんなの?
 私の意見が全然ない!
マザー でも、お母さんは先生と話をしてるのよ?
 たまらない!
ティーチャー あの……
 もういい! もうたくさん!
マザー 落ち着きなさい。
 
   私、出て行こうとする。
 
ティーチャー あの……
マザー あなたのためを思ってるのよ。
 でも……
マザー でもじゃないの。
 誰も私のことを理解してくれない。
マザー ただおとなしくしてくれればいいのよ。
ティーチャー ただ活発になってくれればいいんだよ。
 いや……。
 
   私、出て行く。
 
 
SCENE4 DIFFERENCE
 
   私は高い場所を歩いている。私の影がくっきりと伸びている。
   マザーが駆けつけてくる。
 
マザー あんたは、またそんな危ないところに! 早く降りてきなさい!
 降りるって?
マザー そこからよ!
 私の場所なのに、なんで降りないといけないの?
マザー そこはあんたの場所じゃないの。
 
   私、構わず歩いている。
 
マザー やめて! 落ちたらどうするの?
 どこに落ちるの?
マザー 下に決まってるでしょ!
 ここは下じゃないの?
マザー 当たり前でしょ! 早く降りて!
 落ちても昇れる?
マザー 落ちたら登れないに決まってるでしょ。死んじゃうわよ。
 もう昇れないの?
マザー もう登ったらダメ! 金輪際ダメ!
 なんでもダメっていう。
マザー どうしておとなしくしてないの?
 おとなくして、なにが楽しいの?
マザー 楽しいことがしたいなら、もっと静かなものがあるでしょ? そこを動かないで!
 
   私、止まる。
 
マザー そこから降りなさい。
 命令しないで。
マザー そこから降りたらどう?
 提案しないで。
マザー そこから降りなさい!
 怒らないで。
マザー お願いだから降りて。
 なんで?
マザー 危ないからよ!
 落ちたらどうする?
マザー 脅さないで。
 落ちたら悲しむ?
マザー 試さないで。怒るわよ!
 怒ってるじゃない、ずっと。
 
   私、歩き出す。
 
 悲しんで。
マザー 十分悲しんでるじゃない。
 愛して。
マザー 十分愛してるじゃない。
 自由にさせて。
マザー (語気強く)早くそこから降・り・な・さ・い!
 どうして人はこんなにも違うの? どうして人はみんな違うのに、幸せな人もいれば不幸せな人もいるの? どうして、他人同士でも仲良くやれる人がいるのに家族同士で仲良くやれない人がいるの?
マザー ああ……もう。(顔を手で覆う)
 さようなら。これからもずっとさようなら。
 
   私、そのまま歩き去る。
   マザー、力が抜けたように膝をついてしゃがみ込む。
 
 
SCENE5 UNITY
 
   ファザーとブラザーやってくる。
   マザーを助け起こす。年齢的にブラザーは12歳、私は15歳くらい。
 
マザー パパ、専門家に相談したほうがいいわよ。
ファザー あの子は病気じゃないよ。
マザー 普通じゃないわ。
ファザー それならいいことだ。特別な子なら素晴らしいことだよ。
ブラザー お姉ちゃんは、普通になりたくないくせに、普通だといわれたいんだ。
ファザー まぁ、好きなようにさせたらいい。
マザー でも、今日も危ないことをして。
ファザー なにか理由があるんだろう。ぼくたちはもっと強くならないといけないよ。
マザー そうね、本当に。
ブラザー ぼくが、パパとママを喜ばせるよ。
マザー お前は本当にいい子。
ブラザー 学校では生徒会長になって、一流大学に入って、一流企業に就職するよ。
マザー お前は安心を与えてくれる。
ブラザー 生徒会長。
マザー ああ。
ブラザー 一流大学。
マザー ああ。
ブラザー 一流企業。
マザー ああ! 癒やされるわ。
ファザー お前は好きな道を歩みなさい。優秀だということはわかっているから、なにをやってもパパは認めるよ。
ブラザー パパは好きな道を歩んだの?
ファザー パパはミュージシャンを目指したんだ。だけど、挫折した。
ブラザー ぼく、ミュージシャン目指すよ。
マザー あぁ、急に不安に。
ファザー パパを喜ばせなくていいんだよ。
ブラザー 国家公務員になるよ。
マザー ああ、安心するわ。
ファザー ママを喜ばせなくていいんだよ。
ブラザー 大丈夫だよ。パパとママに幸せになってほしいんだ。
ファザー ……お前。
 
   三人、抱き合う。
 
マザー どうしてこんなに違うのかしら。お姉ちゃんも見習ってくれたらいいのに。
ブラザー 見習う必要はないよ。お姉ちゃんはお姉ちゃん。ぼくはぼくだから。陰と陽だよ。バランスを取るんだ。お姉ちゃんが傷つけたなら、ぼくが薬になる。お姉ちゃんが絶望なら、ぼくが希望だ。
ファザー 無理しなくていいんだよ。
ブラザー ぼくはそういう人間なんだよ。お姉ちゃんが死んだら、ぼくはその分生きる。
マザー そんな言い方はよくないわ。
ブラザー お姉ちゃんが特別ならぼくは普通。お姉ちゃんが普通ならぼくは特別。お姉ちゃんが明るい道を生きるなら、ぼくは暗い道を生きるよ。
ファザー パパもママも、家族みんなが幸せになってほしいんだよ。
マザー なんの犠牲も必要ないのよ。
ブラザー 犠牲じゃないのに。
ファザー お前はお前らしく生きなさい。
ブラザー だから、そういう風に生きるよ。お姉ちゃんもそうやって生きてるよ。お姉ちゃんは、お姉ちゃんらしく生きてる。
 
 
SCENE6 SALVATION
 
   音楽。
   行き交う人々。
   ネオンのようなどぎつい明かり。光と影がまばらになった蜘蛛の巣のよう。
   他のキャラクターたちは、直角を描きながらステージを行き交う。
   私が現れる。戸惑いながらも蜘蛛の巣の中を歩く。他のものたちは高速で歩いているが、私に触れることもない。
   とある若い女性が私の肩に触れる。若い女性の手が触れた瞬間、周囲の歩く速度は鈍化し、曲線的な動きになる。
   振り返る私。
 
シスター これ、落としましたよ。(何かを手渡す)
 あ……すみません。
シスター 人が多いですね。
 そうですね……。
シスター わたし、田舎から出てきたばかりで。
 そうなんですか。
シスター よかったら、ついでに道も尋ねていいですか?     
 はい、どうぞ。
シスター (紙を差し出す仕草で)この場所なんですけど。
 あ。教会。
シスター ええ、シスターなんです。
 
   教会の中。
 
シスター どうですか?
 高い天井。綺麗なステンドグラス。それにとても静か! 中ってこんな風になってたんですね?
シスター わたしも初めて見ました。わたし、春からここで学ばせて頂くんです。
 いいんですか、中に入って?
シスター 教会は人々を受け入れるところですから。
 受け入れる。
シスター ええ。
 
   間。
 
 質問してもいいですか?
シスター はい。
 神様っているんですか?
シスター もちろん。
 ふぅん。見たことがあるんですか?
シスター いいえ。
 見たこともないのに信じられるんですか?
シスター 見えないからこそ信じられるんです。
 へぇ。人って、目に見えないものは信じないと思っていました。
シスター 目に見えなくても、感じることはできるでしょ? 目に見えないけれど、温かい気持ちになったり、応援してあげたくなったりするときがあるでしょ?
 う〜ん。
シスター 神様もそういう存在。イエス様の像や十字架は、神様ではないわ。
 目に見えるから?
シスター 物に過ぎないの。でも、信仰する心で接すると、そこに神様を感じることが出来る。
 じゃあ、神様は心で感じるんですね。
シスター そう。
 じゃあ、神様は心の中にいるんですね。
シスター そう。
 心の中に、神様が宿っているんですね。
シスター そう。
 私たち一人ひとりの心の中に、神様がいるんですね。
シスター たぶん……。ごめんなさい、わたしも勉強中だから。
 いいんです。
 
   間。
 
 ここに、神様がいる……。だって、ここは私の心の中。神様を感じられるかな……?
 
   目をつぶる私。
   教会の鐘の音。
 
シスター 神様が答えてくれたみたい。
 (微笑み)たまたまですよ。
シスター いいえ。こうやって、目に見える形、耳に聞こえる形で、神様はちょっとしたサインを送ってくれることがあるの。
 わぁ。
 
   シスター、私の肩に触れる。
 
 (胸が高鳴り)私、お願い事していいですか?
シスター 神様にお願いするのに、許可はいらないわ。
 どうか、私を……(胸に手を当てる)
 
   シスター、あたたかな眼差しで私を見る。
 
 
SCENE7 JOY
 
   木箱のような太鼓にもなる背もたれのない椅子を持って、叩きながら入ってくる他のキャラクターたち。
   学校であり、彼らは別々の動きをしているときもあれば、同じ動きをしているときもある。時計仕掛けのように、一定のリズムでアクションが続いている。
   私だけが、全く異なる時間を持ち、違うリズムであり、自由である。時折、彼らの動きに合わせて真似る。他人に合わせることに義務感もなく、自由で楽しそうな私。
 
 
SCENE8 DOUBT
 
   突然止まり、ブラザーが私をじっと見つめる。
 
 ?
ブラザー あれ? 変だなぁ? 私、そんなに幸せだったかなぁ?
 確かに幸せだと感じていた。
ブラザー 本当かなぁ。記憶が定かでないなぁ。心が感じていたってことは、心が勝手に作り出していただけで、実際には違っていたのかもしれないなぁ。 
 あなたは、誰?
ブラザー わたしは、私。
 
   間。
 
ブラザー 私は幸せ。
他のもの 私は幸せ。
ブラザー 私は幸せ。
他のもの 私は幸せ。
ブラザー 私は幸せ。
他のもの 私は幸せ。
ブラザー 私は幸せ。
他のもの 私は幸せ。
 本当に?
ブラザー あれ? なんかよくわかんなくなってきたなぁ。私って幸せだったっけ。少なくとも、今はもう幸せじゃないし。幸せって感覚どんな感じだったかなぁ。
私 うるさいなぁ。
 
   ブラザーを含むキャラクターたち、私の周りに集まってきて、色々なネガティブな疑問をささやきかける。
 
 うるさいって。なにもいってこないで。休ませて。
 
   キャラクターたち、私を担ぎ上げる。
   騎馬戦のようになり、私を揺らす。
 
ブラザー 私は幸せ?
他のもの 私は幸せ?
ブラザー 私は幸せ?
他のもの 私は幸せ?
 やめて! 危ない!
ブラザー 私は幸せ?
他のもの 私は幸せ?
ブラザー 私は幸せ?
他のもの 私は幸せ?
 
   騎馬が崩れ、私は床に倒れる。
   
ティーチャー さぁ、こんな簡単な問題もわからないんですか? あなたは幸せですか?
 ……。
ティーチャー おやおや。黙っていてはいけませんね。二択なんですから。どちらかを答えればいいんですよ。さぁ、どっちですか?
 ……わかりません。
ティーチャー 困ったものです。どうすればわかりますか?
 わかり方を教えて下さい、先生。先生は教えてくれる人でしょ?
ティーチャー ええ。そして、生徒は答える人です。
 わかりません。
ティーチャー では探しなさい。
 どうやって。
ティーチャー もう一度、よく感じてみて。頭を使ってごらんなさい。
 
   マザー、口で北風のように寒そうな音を出す。
 
ティーチャー 身体を使って。
 
   私、寒そうに、また恥ずかしそうに身をよじる。
 
ティーチャー さぁ、どうですか?
 幸せではありません。
ティーチャー それが答えですね?
 
   シスターは背後から近づいて、私を抱きしめる。
   私の身体のこわばりが取れ、温かそうにする。
 
 いえ……幸せです。
ティーチャー それが答えですか?
 はい。
ブラザー それが答えなの?
 うん。
ブラザー でも、本当は両方が答えでしょ?
 あなたがどちらかを選ばせたんでしょ。
シスター 誰でもみんな迷うわ。みんな、疑い、不安定な足場をさまよい、本当に正しかったのか、本当にこれで良かったのかと考えるの。
 神様は、そんな人間をどうやって導こうというんですか?
 
   間。
 
シスター 「今」を見なさい。
 
   音楽。
 
 
SCENE9 REALITY
 
   病院。
   ベッドに横たわる私の映像。
   ファザー、マザー、ブラザーは椅子に座って映像の私を見ている。
   ドクター、現れ、三人立ち上がる。
 
マザー 先生、娘はいつ目を開けるんですか?
ドクター ……なんともいえません。
ファザー なにか、まだできることがあるでしょう?
ドクター 経過を見るほかありません。突然変化が訪れることもあります。なにか、声をかけてあげて下さい。反応を示すかもしれません。
 
   沈黙。
   ファザー、マザー、ブラザー、三人寄り添いあい、私の映像を見つめる。
 
ファザー ぼくたちは、強くならないといけない。
 
   ファザー、二人の肩に手を置き、励ます。
   私、泣きそうになる。
 
ドクター 手を取ってあげて下さい。手の感触やぬくもりが刺激になることもあります。花の香りなども刺激になります。好きだった音楽などがあれば、是非かけてあげてください。
 
   三人、動かない。
   
マザー なんで……こんなことになったのかしら。
 やっぱりちゃんと見ておけばよかったのよ。
ファザー 事故だから、しょうがないよ。
マザー この子に、なりたい夢はあったのかしら?
ファザー そりゃあ、あったさ。
マザー 悔しいでしょうに……。
 
   私、へたりこむ。
   ドクター、去る。
 
ブラザー (口ずさむ)咲いた 咲いた チューリップの花が 並んだ 並んだ 赤白黄色 どの花見ても 綺麗だな
 
   沈黙。
 
マザー その歌なに?
ブラザー 昔よく歌ってたよ。ピクニックに行ったときとか。
ファザー 覚えてないなぁ。
 
   沈黙。
 
ブラザー また、ピクニックに行きたいなぁ。
マザー 大学に合格したら、行きましょうね。
ブラザー お姉ちゃんと一緒にだよ。
 
   沈黙。
   シスター、赤白黄色のチューリップを持って登場。
 
シスター (口ずさむ)揺れる 揺れる チューリップの花が 飛ぶよ 飛ぶよ チョウチョが飛ぶよ チョウチョと花と 遊んでる
 
   シスター、私にそれらを差し出す。
 
 シスター……。
シスター あれはあなたではないわ。あなたはあなた。今、ここにいるあなただけよ。
 
   私、チューリップを受け取る。
   私の映像、消える。
 
 私はここにいる。ここにいるのが私。今ここ、を感じているのが私。
 
   私はチューリップの花を胸に、木箱のベッドに横たわる。
 
 
SCENE10 LOVE
 
   ひとりの青年が登場。
   眠る私の前に来て、座り、じっと見ている。
   私、目を開ける。
 
ラバー こんにちは。
 こんにちは。
ラバー こんなところで寝てると風邪引くよ。
 ここは……どこ?
ラバー 庭だよ。病院の。
 あなたは……どなた?
ラバー 忘れたの?
 どこかで会いましたか?
ラバー ぼくも入院してるんだ。
 じゃあ、どこかで会いましたね。
ラバー ぼくはここが長いんだ。親がうるさくてね。本当は、いくらでも自由に、健康に生きられるんだけど、一回の大病で、世界はぼくに、病弱のレッテルを貼ったんだ。
 私も、本当は自由に生きられると思う。でも……
ラバー 世界が君にレッテルを貼ってしまったんだ。
 そう。
ラバー 剥がしたいと思う?
 もちろん。
ラバー でも、それは無理だよ。人の認識を変えることはできないから。君だって、起こったことの記憶は変えられないだろう? だから、違う世界に行くしかないんだ。ぼくたちのことを誰も知らない世界へ。
 どうやって?
ラバー ぼくはずっと誰かを誘いたかった。一緒に行ける人を探してたんだ。行こう。
 興味はあるんだけど、無理みたい。
ラバー どうして?
 身体が動かないの。
ラバー 動くよ。身体なんてないんだから。
 おかしなことをいうのね。
ラバー あるのは心だけだよ。
 
   間。
 
 私、ずっと夢を見てるみたい……。
ラバー ぼくもだよ。なにもかもが夢のようだ。さぁ、心を起こしてごらん。
 心を?
 
   私の身体が、仰向けのまま少し浮き上がる。
 
 重い……。
ラバー その調子だよ。うまくいってるよ。足をつけてみてごらん。
 
   私は反転して、木箱の上に降り立つ。
 
ラバー やればできるじゃない。すごいよ。
 身体が軽い……。
ラバー 重さは思い込みさ。もっと心を解き放とう。ずっと憧れていた、自由の世界に行こう。
 あなた、誰?
ラバー 疑問は身体を重くさせるよ。考えなくていいよ。家族のことも、どう生きてきたかも、どんな迷惑をかけてきたか、どんな実績を残してきたかなんてのもどうでもいい。友達も、健康も、お金も、なにも考えなくていいよ。全部置いていけばいい。   
 
   私の身体が浮き上がる。今度は仰向けではなく、空を飛ぶように。
 
ラバー いいぞ!
 
   ラバー、私を支えつつ、ゆっくりと動き出す。
 
ラバー 旅に出よう。ここではない世界へ!
 
   音楽。
   プロジェクターで、高速飛行の映像。
 
 あぁー、気持ちいい! 最高の気分! こんな世界があったなんて!
ラバー そうだろう! ぼくらはずっと騙されてたんだ。狭い世界を押しつけられてたんだ!
 
   鳥の群れの映像。
 
 鳥が!
 
   鳥たちに囲まれている私。
 
 くすぐったい!
 
   バランスを崩す。
 
ラバー 気をつけて! 旅は自由だけど、安全は保証できないよ。
 なんでもできる気がする!
ラバー 無理をしないで。
 最高! これが自由!
ラバー 一度休息しよう。
 
   私、降りる。
   二人、木箱に座る。他のものたちは退場。
   プロジェクターの映像は星空に。
 
 なんで、私を支えてくれるの?
ラバー 疑問はダメだっていったよ。
 でも、知りたいものでしょ。人ってそういうものじゃない?
ラバー うん、知りたいんだよね、人って。自分で見て、確かめたいんだ。だから、ぼくも外の世界を見てみたかったし、君がどんな反応するのかを見てみたかった。一人だと、楽しさとか幸せとか、よくわからないじゃない? 分かち合う人がいたら、あぁ、これがそうなんだってわかる。
 
   私、ラバーの肩に頭を預ける。
 
 これが「今」ってことなのかな? だとしたら、永遠に続いてほしい。
ラバー 今は永遠に続くけれど、今は常に変わってく……。ぼくの人生は、なんにも変わらないかに見えた。でも、実際は常に変わっていたんだと思う。
 私も……。
 
   静寂。
 
ラバー 綺麗な空だ。何億年もこんな空が続いているなんて驚きだ。人間は、旅人なんだと強く思う。
 どこに向かって旅をするのかな?
ラバー あるときは目的を持って、あるときは、ただ流れに任せて。たぶん、どこに辿り着いてもいいんだよ。旅人は、旅をしているときが幸せなんだ。
 パパもママも、弟も、自分の旅をしてくれたらと思う。
ラバー うん。
 私のことは気にせずに。
 
   間。
 
ラバー これからは、そうなるよ。
 
   静寂。
 
 シスターは、私の背中を押してくれた。道を示してくれた。とても感謝してる。
ラバー うん。
 あなたは、心次第だと教えてくれた。私と一緒に旅をしてくれた。私は幸せ……。
ラバー うん、ぼくもだよ。
 
   夜空を見上げる二人。
 
 大きな空を見上げていると、自分の存在が消えていきそう……。     
ラバー そうだね。
 
   静寂。
 
 旅人は、旅をやめたら、消えていくのかな?
ラバー どうだろう? シスターはなにかいってなかった?
 神様のところに行くって。
ラバー じゃあ、消えないね。ずっと天国にいられるんだよ。
 そこが、永遠の今の終着点なのかな……。
ラバー きっとね……。
 消えるのは嫌だなぁ。
ラバー 消えないよ。
 
   ラバー、私の手を握る。
   静寂。
   プロジェクターの映像、消える。
 
 なにも感じられなくなってきたの……。寒さも手の感触も……。
ラバー ぼくは一足先に待ってるよ。
 すぐ会える?
ラバー うん。そして、一緒に終着点へ行こう。
 うん……約束ね。
ラバー 約束しよう。
 
   静寂。
 
 眠くなってきた……。
ラバー いいよ、おやすみ……。
 
   ラバー、私の身体を横たわらせる。
   もう一度、私の手を握る。
 
   ゆるやかな音楽。
   暗転。
 
 
SCENE11 COLLAPSE
 
   葉っぱが四枚浮かんだベースが中央に。
   ファザー、マザー、ブラザー、シスターがいる。
 
   ブラザーは、円を描くように全員の周りを歩いている。
   ファザーは、眼鏡を動かしながら、ベースや他のものを注意深く見つめている。
   マザーは表情を様々に変えながらブツブツと呟いている。
   シスターは身体をさすって寒そうにしたり、手で扇いで暑そうにしたり、ベースの水に触れたりする。
   ブラザーはゆっくりと速度を下げて、遂には止まる。
   ファザーは、眼鏡を外し、遂には目を閉じる。
   マザーは徐々に表情をなくし、遂には無言になる。
   シスターは徐々に動きを緩め、遂には止まる。
 
   私が現れる。
   プロジェクターで、四人の影。
 
   私は、葉っぱの入ったベースを手に取る。そして、息を吹きかける。
   揺れる四人の影。
 
   私は無表情で、葉っぱを一枚取る。そして、手から離し、葉っぱは下にひらひらと落ちる。葉っぱのように、しなやかにファザーは床に倒れる。
   影が一つ消える。
   私はまた、葉っぱを一枚取る。そして、手から離し、葉っぱは下にひらひらと落ちる。葉っぱのようにしなやかにマザーは床に倒れる。
   影が一つ消える。
   私はまた、葉っぱを一枚取る。そして、手から離し、葉っぱは下にひらひらと落ちる。葉っぱのようにしなやかにシスターは床に倒れる。
   影が一つ消える。
   私はまた、葉っぱを一枚取る。そして、手から離し、葉っぱは下にひらひらと落ちる。葉っぱのようにしなやかにブラザーは床に倒れる。
   影が一つ消える。
 
 
SCENE12 LEAVE
 
   影ではなくリアルな映像として、私の姿が映る。
   私の映像が手を振る。
   私は私の映像を見つめる。
   私は私に向かって手を振る。
 
   私はゆっくりと床に倒れる。
   私の映像は、私が倒れるのを見届ける。
   私の映像は消え、横たわる私に光が降り注ぐ。
   私は、幸せそうな表情を浮かべる。
   光が強まり、光が私を包む。
 
   静かな時のなか、今、幕を閉じる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
          SHINJI BETCHAKU@2015