In A Concrete Box

 

                     別役慎司

 

 

 

 

 

 

登場人物

・若宮 照(わかみやてる)26才
・若宮 菜緒(わかみやなお)26才
・紺野 幸平(こんのこうへい)35才
・町田 雪乃(まちだゆきの)33才
・蘭 瑞希(らんみずき)37才
・牧 橙也(まきとうや)29才
・蔦田 蓮吉(つただれんきち)55才

 

 

 


SCENE 1

   新築賃貸マンション「グランドピース春日」
   205号室―1LDK。
   若宮照と若宮菜緒夫妻の新居。シンプルながら綺麗でセンスあるデザイナーズマンション。
   リビングダイニングの真ん中にテーブルがあり、斜め前からは日が差している。若宮家のシーンの場合は、このテーブルが中心となっている。上手奥がキッチンに続くドア、上手が玄関。下手が寝室に続くドア。

   春。とある日曜の昼。

   若宮照と若宮菜緒が、テーブルで昼食を食べている。
   照は、26才のサラリーマン。人が良さそうだが、頼りない感じ。
   菜緒は、照と同い年で、今年結婚し、ブライダルプロデュースの会社を辞めた。しっかりもので、強気なタイプの女性。

照 おいしいね、これ。
菜緒 ホント? よかった。(正面のほうを見て)すごい、日が当たるからいいよね。
照 うん。
菜緒 こういうのんびりした日曜ってホントいい。
照 そうだねぇ。
菜緒 だってさ、日曜ってあたしいつも潰れてたじゃん。
照 うん。
菜緒 結婚式って平日はあまり入らないからね。
照 そうだよねー。バリバリ働いてる菜緒はもう見れないんだよね。
菜緒 なにそれ。職場に戻れっていってんの?
照 いやいや。
菜緒 いやよ、せっかく自分が結婚できたのに。なんでまた人の結婚の手助けをしなきゃいけないの。あたしはのんびりしたいの。
照 でも、退屈しないの?
菜緒 ううん。料理したり、買い物したり、テレビ見たり、色々できるもん。
照 まぁ、いいけど、お金の余裕はないから、ほどほどにね。
菜緒 わかってるよ。わかってなきゃ、1LDKに住んでないよ。

   しばらく食べている。

菜緒 液晶テレビほしいよね。
照 液晶はまだいいよ。
菜緒 でも、ブラウン管は場所取るじゃん?
照 そんなに変わんないよ。テレビ台の上に置いてたら。
菜緒 そっか。

   しばらく食べている。

菜緒 あとでどこ出かける?
照 ん〜……。
菜緒 寝室にさ、スタンドほしいんだよね。
照 豆球でいいじゃん。
菜緒 ダメ。そんなの味も素っ気もない。かわいいのがいいの。ほら、ムード出るでしょ?
照 (ちょっと照れる)

   菜緒、キッチンへ食器を持って行く。
   戻ってくる。

照 (テーブルの封筒を取り)あ、これ。
菜緒 なに?(封筒を取る)
照 友達がさ、この前の結婚式の写真送ってきてくれた。
菜緒 へー、写真なんてうちの会社が300枚も撮ってくれたのに。
照 そういうこといわないの。
菜緒 (写真を見る)やっぱり素人だね。
照 そういうこといわないの。

   照、キッチンへ食器を持って行き、戻ってくる。

菜緒 (キスのポーズ)
照 なに?
菜緒 (尚もキスのポーズ)
照 口にいっぱいついてるよ。……。(キスしようとする)

   チャイムが鳴る。
   二人、一瞬止まる。

菜緒 いいって、いいって。 

   キスする。
   チャイムが鳴る。
   なおもキスする。
   突然、鍵が差し込まれ、鍵が開く。びっくりして立ち上がる二人。
   管理人兼オーナーの蔦田蓮吉がドアを開けて中を覗く。
   蔦田は、55才。「グランドピース春日」のオーナーだが、服装は地味で貧乏じみている。
   作り笑いが下手で、変なおじさんという印象。

蔦田 あ、おりましたか、蔦田です。
照 びっくりした……。
菜緒 ちょっと、どうしてうちの鍵を持ってるんですか?
蔦田 あの、管理人の蔦田です。
菜緒 管理人さん?
蔦田 ええ、そうです。
菜緒 にしても、いきなり開けるって……。
蔦田 若宮さん、これ置いておきますね。近く集まりがありますので。(A4の封筒を床に置く)
照 あ、はい……。
蔦田 ではどうも失礼しました。

   蔦田、ドアを閉めて出て行く。

菜緒 なに、あれが管理人?

   菜緒、ドアの所に行き、スパイホールを見たあと、鍵を閉める。
   蔦田が置いていった封筒を持って照の所に戻ってくる。

菜緒 気持ち悪い〜。あんなのが管理人なの?  いきなり鍵開けたよ? 信じられない!
照 管理人兼オーナーなんだよ。
菜緒 え? オーナーなの? 
照 それなに?
菜緒 (気持ち悪いという表情のまま、封筒を照に渡す)
照 (封筒から紙を取り出して、見る)……。
菜緒 なんて書いてるの?
照 「厳正なる抽選の結果、貴殿が選ばれました」って。 
菜緒 はぁ?
照 なんか、二階の代表者だって。
菜緒 代表者?
照 うん。それで今度会合があるんだって。
菜緒 なに応募してんのよ。
照 応募してないよ。
菜緒 じゃあ、なんで代表者なの?
照 わかんない。
菜緒 わかんないって、勝手に抽選して決めたっていうの?
照 たぶん。
菜緒 なにそれ。ホントに? ……(呆れる)。こんなオーナーだなんて聞いてないよ。
照 聞いてないって、おれも入居のときにちらっと会って挨拶しただけだし。
菜緒 気持ち悪〜。管理人って鍵持ってるものなの?
照 まぁ、たぶんマスターキーは持ってるだろうね……。
菜緒 それで会合っていつなの?
照 ん……。来週の日曜。
菜緒 (ビックリして)何時から?
照 1時。
菜緒 え〜〜、来週はドライブに行くって約束じゃん。
照 うん……。
菜緒 辞退しといてよ。
照 え……うん。でも、そんなことしたら、あとでなにかいわれないかな?
菜緒 いわれないよ。代表は荷が重いので、とかなにかもっともらしい言い訳をいっとけば平気だから。
照 うん……。(イスに座る)
菜緒 今いってこないと。
照 今?
菜緒 今ならすぐつかまるでしょ?
照 (立ち上がって)うん……。
菜緒 なんで、そんな気弱なの。堂々と断ってきなよ。
照 菜緒もついてきてよ。
菜緒 やだ。見るのもやだ。
照 おれもやだよ……。

   照、しぶしぶ断りに行く。

菜緒 帰ってきたらお出かけだからね。

   しばらく経つ。
   菜緒は化粧を直している。
   照が帰ってくる。

菜緒 おかえり。
照 ごめん。ダメだった。
菜緒 はぁ? なんでダメなの?
照 辞退したいんなら、同じ階の誰かに代わってくださいって。
菜緒 代わってもらえばいいじゃない。
照 だから、自分で交渉して代わってって。
菜緒 なーによ。自分が勝手に決めたくせに。
照 うん、そうなんだけど……。
菜緒 それで?
照 それで? それでって?
菜緒 なんで代わってもらってこないの?
照 えー? 今?
菜緒 うん。

   照、出て行く。
   しばらく経つ。
   菜緒はアクセサリーをつけている。
   照が戻ってくる。

菜緒 おかえり。
照 ごめん。ダメだった。
菜緒 はぁ? なんでダメなの?
照 とりあえず、201、202、203、204って当たったんだけど……
菜緒 無理って?
照 っていうか、出なかった。
菜緒 居留守使ってんのよ。「205の若宮ですけどお話があるので」っていったらいいのよ。
照 そうはいうけど……。
菜緒 もーー! なんで照くんはそんなに弱いの!
照 そんな、怒るなよ。まぁ、来週まで時間あるし、なんとかなるよ。
菜緒 なんとかなるって、なにがなんとかなるの?
照 だから……ピンポン押したら出てくるよ。 
菜緒 ピンポン押したら出てくるよじゃなくて、代わってもらわないといけないんだからね。
照 わかってるって。もー、そんなにいうんなら菜緒がいってよ。昼間はさ、菜緒が暇じゃん。
菜緒 暇っていわないでよ。自由な時間と暇な時間は違うんだから。
照 時間が空いてるでしょ。
菜緒 わかったよ。昼間はあたしが当たってみる。それで無理だったら、夜行くんだよ?
照 うん……夜中に行くの迷惑じゃないかな?
菜緒 もういいよ! 気分悪くなる。もう出かけよう。
照 わかった……。

   照、財布を取ったり、時計を取ったり準備をする。

菜緒 大体、なんの会合なの?(紙を見る)
照 ん〜……、地域の安全のための、住民の連帯の会合?
菜緒 「の」が多い。……なんなの、このオーナーなにがしたいの?
照 気になるんなら菜緒が代表やれば? そうだ、一緒に行こうよ。
菜緒 代わってもらうんでしょー?
照 そうだった。
菜緒 準備できた?
照 うん。
菜緒 じゃ、スタンドを買いに行こーう。(腕を組む)
照 安いお店に行こうね。

   溶暗。

SCENE 2

   翌週の日曜日。昼。
   「グランドピース春日」内集会室。
   中央が会議用テーブル。その他にホワイトボードなどが置いてある。上手奥が出入り口で、
   下手側には管理人室に続くドアがある。(若宮家と便宜上近い構造にしているが、装置デザインによっては、ドアの位置や家具など自由に決めてもらってよい)
   蔦田は落ち着きなく、資料を揃え直したり、ホワイトボードにタイトルや日付を書いたりしている。

   雪乃がドアを開けて、一旦中を覗き、また閉じようとするが、やっぱり開けて入ってくる。
   雪乃は33才で、おとなしく内気な性格だが、服装は不似合いに派手で、今日も色の強いブランドものを着ている。

雪乃 (軽く会釈をする)
蔦田 (気づいて)ああ、こんにちは。ええっと……町田さんですよね?
雪乃 はい。
蔦田 あ、どうぞ、そちらの名前の書いてある所にお座りください。
雪乃 はい……。

   沈黙。

蔦田 もうすぐ皆さん来ますので……。
雪乃 (軽くうなずく)

   沈黙。
   蔦田は少し緊張した様子で資料を読み直している。

雪乃 あの……
蔦田 (驚いて)はい?
雪乃 ……あ、あとでわかりますよね。
蔦田 あぁ、はい、あとで会議をしますので、そのときに説明はしますが……。
雪乃 あ、そうですか……。
蔦田 ……なにか気になることでもありましたか?
雪乃 いえ、特には……。

   沈黙。
   橙也がノックをして、入ってくる。
   橙也は29才で、競争意識が高く、しっかりしたタイプ。一人スーツ姿で参加している。会社社長。

蔦田 あ。
橙也 601の牧です。よろしくお願いします。
蔦田 どうも。それではそちらにお座りください。
橙也 はい。
蔦田 (橙也のスーツ姿を見て、緊張が高まる)

   雪乃と橙也は、ちらっと目を合わすが、挨拶はしない。
   沈黙。

蔦田 (おもむろに)あ、こちら、4階の町田さん。

   慌てて立ち上がる二人。

橙也 (お辞儀をし)よろしくお願いします。
蔦田 こちらが6階の牧さん。
雪乃 (お辞儀をし)よろしくお願いします。
橙也 あ、こちらこそよろしくお願いします。

   二人、着席する。
   そこに幸平がドアをガチャっと開けて入ってくる。軽く会釈しつつ、自分の名札を見つけて、そこに座る。
   幸平は35才。たるんだ体にセンスのない服装。パッとしないサラリーマン。花粉症。
   橙也が立ち上がり、挨拶をしようとするが、幸平はカバンからティッシュを取り出そうとしており気づかない。
   雪乃も橙也につられて立ち上がっている。
   幸平、鼻をかんでいる途中で二人に気づき、慌ててティッシュをポケットにしまい、立ち上がってお辞儀する。

幸平 あ、どうも。
橙也 6階の牧です。(お辞儀して座る)
幸平 3階の紺野です。(中途半端に立ち上がり、お辞儀して座る)

   幸平がまたティッシュに向かってしまったので、雪乃は挨拶するタイミングをなくし、座る。
   蔦田は我関せずという態度を取っている。
   幸平、勢いよく鼻をかむ。
   そこに軽いノックのあと、瑞希が入ってくる。
   瑞希は37才だが、もっと若く見え、色気がある。バツイチで、一人娘と二人暮らしをしている。独特のけだるい雰囲気を醸し出している。
   ドア前で立ち止まる。

蔦田 あ、どうぞこちらへ。

   瑞希、自分の席の前に来る。
   幸平はまた勢いよく鼻をかもうとしていたが、瑞希を見て、極力音を立てないように鼻をかむ。
   瑞希、「辻田瑞希」という名札を取る。

瑞希 (不愉快な顔つきで)名義上は「辻田」ですけど、「蘭」でお願いします。
蔦田 蘭?
瑞希 はい。「蘭瑞希」でよろしくお願いします。
蔦田 わかりました。蘭さんですね。
幸平 どうも、紺野幸平です。
瑞希 (一瞥して)どうも。
橙也 (立ち上がって)6階の牧です。
瑞希 (一瞥して)どうも。
雪乃 (立ち上がろうとするが、立ち上がれず、結局タイミングを逃す)

   間。

蔦田 えーっと、あとは2階の方だけですね。

   蔦田、立ち上がり、廊下を見ようとドアを開けようとしたとき、ちょうど反対側で照がドアを開けようとする。両方が押して開けようとしたのでドアは開かない。

蔦田 あれ?
照 開かないよ。
菜緒 なにやってんの。(菜緒がドアを開ける)引くのよ、バカね。(室内を見てはっとし)あ……どうもすみません。
蔦田 早く入ってください。
菜緒・照 すみません。

   そそくさと中に入る二人。

蔦田 あ、イスがないなぁ。

   さっきと同じように参加者間でぎこちない挨拶が行われる。

蔦田 じゃあ、私のに座ってください。(自分のイスを差し出す)

   上座には蔦田。時計回りで2F代表として照と菜緒、3F代表として紺野幸平、4F代表として町田雪乃、5F代表として蘭瑞希、6F代表として牧橙也、計7名がテーブルにつく形となる。

蔦田 えーっと、それでは資料をお配りします。(配ってる途中で)あ、申し遅れました。「グランドピース春日」オーナーの蔦田蓮吉です。よろしくお願いします。(資料を配り終える)えーっと、まずですね、こうして各階の代表者を決定し、お集まりいただいたのはですね、昨今の犯罪者急増に関して、なによりまず地域の連帯感を強めなければいけないわけでして。ただ、みなさんもご存じの通り、マンションという場所は非常に閉鎖的で、住民同士がコミュニケーションをとりづらいものです。すれ違っても、軽く会釈する程度で、どんな人が住んでいるのかはっきりとはわかりません。もし怪しい人がうろうろしていたとしても、それ が居住者なのかどうなのかわからないという状況です。そこでですね、私がこのマンションを建てるに当たり、是非とも犯罪などが起きない、見過ごさない、模範的なマンションにしたいと思った次第です。お配りした資料をご覧になってもわかるように、犯罪は年々増加しており、しかも予測のしづらい犯罪が増えております。特に、子供を巻き込んだ事件は多く……この近くにも小学校がありますが……地域の安全に貢献できるマンションにしたいと、こう思っております。えーっ……そこでですね、こうして代表者に集まっていただいて、いったい我々にどういうことができるのかということをですね、話し合っていただきたいと思うので す。

   沈黙。

蔦田 皆さん、どうでしょう?

   沈黙。

蔦田 どうぞ話し合ってください。
橙也 いや、いきなり話し合えといわれても……。オーナーさんの意図する所はなんとなくわかったんですけど……。   

   間。

蔦田 なんでも意見を出していただければ結構です。

   短い間。

橙也 といっても……まず、オーナーさんはどうしてほしいんですか? 
蔦田 話し合ってほしいんです。
橙也 じゃなくて、集団のビジョンというか、こういう状態になってほしいっていうのは……
蔦田 だから、マンションの、ひいては地域の安全に貢献できるような状態ですね。
橙也 いや……う〜ん、オーナーさんのほうで、なにか提案はないんですか? こうしてほしいっていう。
蔦田 だから、話し合ってほしいんです。
橙也 いや、そうじゃなくて。
蔦田 わからないなぁ。
橙也 何もない所にいきなり放り出された感じで……今の状態は、白紙なんですか?
蔦田 そうです。白紙です。だから、0から話し合ってほしいんです。
橙也 ん〜……
瑞希 ……といっても、なにか……
橙也 うん、なにか……方向性を示していただかないと……
瑞希 例えば具体例とかで……
橙也 ……ねぇ?
菜緒 とりあえず、代表を決めて、そのあとどうするつもりだったんですか?
蔦田 だから話し合い……
菜緒 あ、話し合いのあとです。例えば何かを決めて、それをその後どうするんですか?
蔦田 それは話し合いの内容にもよるでしょうが… …
菜緒 まぁ、そうでしょうけど、2階は2階、3階は3階という風に、また集まりを設けるんですか? マンション全体の話ですよね。
蔦田 そうですね。それがいいと思います。そういう風に意見を出していただけると話が進みます。
橙也 意見というか……

   短い沈黙。

菜緒 え? あの、その集まりは、もし開くとするとオーナーさんが設けてくださるんですか? それとも自分たちでということですか?
蔦田 それは代表者のほうで考えてやってもらうという形になるでしょうね。
瑞希 それで、マンション全体の交流になるの?

   短い間。

橙也 さっきおっしゃってましたけど、マンションの住民同士が顔を覚えている状態が犯罪防止の上でもいいわけでしょ?
蔦田 そうですね。あ、では、代表者さんのほうで各階の居住者について、「こうこうこういう人がいる」という報告をしてもらうというのはどうでしょう?

   一様に反対の反応。

瑞希 なにそれ? それはダメでしょ。
蔦田 そうですか……。
幸平 自然にうちとけないといけないでしょ。
蔦田 じゃあ、自然にうちとけるにはどうしたらいいですか?
橙也 パーティーを開くとか……
照 (小声で)もちつき大会とか。
瑞希 ちょっと待って。そんなことをやる必要が本当にあるの? やったところで、ほとんど人は集まらないと思うけど。
橙也 確かに。
幸平 参加を自主性に任せるんなら、来ないでしょうね。まぁ、ぼくはそんなに忙しい身ではないから時間さえ合えばいけるでしょうけど……。
蔦田 じゃあ、強制にしますか?
橙也 いやいや。
瑞希 それはよくないわよ。嫌な人を無理矢理呼んで、交流だなんておかしいわ。
雪乃 交換日記とか……

   一瞬の間。

橙也 ……強制はよくないですね。
瑞希 ねぇ。普通はさ、気軽に顔を合わせて、挨拶しやすい環境作りを考えるべきなんじゃないの? イベントよりも先に。
幸平 いえてます。
蔦田 環境作り……。しかし、マンションはもう建ってしまっているのですから。
瑞希 エントランスにロビーでもあればよかったかもね。まぁ、環境作りっていうのは、建物の構造だけが問題じゃないから。
菜緒 あの、交換日記じゃないですけど、回覧板を回すとか、目につく所に掲示をするとかで、例えば会ったら挨拶を心がけましょうとかの、標語みたいなのを出しておけばいいんじゃないですか?
橙也 それはいいですね。
幸平 簡単ですしね。
瑞希 まぁ、小学校みたいだけどいいんじゃない?
とっかかりとしては。
蔦田 じゃあ、回覧板か掲示板を作るということですね。誰が作りましょう?

   「え?」という声。

瑞希 それはオーナーでしょう。
蔦田 でも、作り方が……
橙也 簡単ですよ。WORDとかでいいんですもん。
蔦田 え? わーど?
橙也 パソコンに入ってませんか?
蔦田 パソコンは……うちの息子は持ってますけど、貸してくれないだろうしなぁ……。今、大阪だし……
菜緒 (イラついて)あ、じゃあ、わたし作ります。 わたし、結婚前はチラシとか社内報とか作ってましたんで。
蔦田 ああ、それはすごい。では、若宮さんにお任せします。
菜緒 あ、まぁやるんですけど、こういうのにしたいというプランは出してください。
蔦田 あ、はい。(皆に)どういうプランがいいでしょう?
菜緒 それはオーナーが決めてください。
蔦田 いや、ですが、私が言い出したことではないですし……どういうものにすればいいか……
菜緒 じゃあいいです。まずわたしが仮で作ってみますので、それをチェックしてください。
蔦田 わかりました。では、そうしましょう。えーっと、回覧板……チェック……(メモを取る)。 あ、ホワイトボードにも書いておかないと……(ホワイトボードに書こうとして、メモ書きが途中な のでやっぱりメモを先に書く)あ、皆さんで話し合いを続けてください。
瑞希 続けてくださいっていわれても……(菜緒に)あなたが進行をやったら?
菜緒 え? いえ〜、わたしは主人の付き添いですので。出席は今日だけです。
瑞希 そうなの。
幸平 (小声で)出ましょうよ〜。むしろご主人よりあなたが代表になった方がいいんじゃないですか。
菜緒 うちは本当は代表自体を断りたかったぐらいですから。他の方がずっと居留守…留守なもので ……。
幸平 まぁ、そういうことはよくありますよね。引っ越した最初はNHKとか新聞とかも来ますし。
蔦田 (書き終わり)えーっとそれでは……

   橙也の携帯が鳴る。

橙也 あ、失礼。

   橙也、部屋を出る。

蔦田 他はどんなことを話し合いましょうか?

   とりあえず皆、考えている様子で沈黙。
   橙也が戻ってくる。

橙也 すみません。ちょっと会社の方でトラブルがあったみたいで、抜けさせていただきます。
蔦田 え、それは困りますねぇ。他の人とかで対処できませんか?
橙也 無理ですよ、ぼく社長ですから。じゃあ、皆さんすみません。

   橙也、出て行く。

幸平 社長なんだ……。すごい時計してましたよ。(時計を見て)あ! やばい、忘れてた。すいません、ちょっと録画のセット忘れたので、一旦戻ります。   
蔦田 え?
幸平 すぐ戻ってきます。

   幸平、出て行く。

蔦田 どうも、まだ自覚に欠けるところがあるようですね。(ため息をつく)まぁ、気を取り直して参りましょう。さぁ、どうでしょう?
瑞希 あの……
蔦田 はい、辻田さん。
瑞希 ……「蘭」。
蔦田 はい?
瑞希 ……。あの、そんなに急かされても困るのよ。こっちはよくわけがわかってないまま出席してるんだから。大体、あなたがやりたがってるんだから、あなたが進んで提案しないと……。
菜緒 (うなずく)
蔦田 いや、提案といっても、私は皆さんの知恵がほしい立場ですし、これはマンションの住民皆さんの問題ですから……。
瑞希 (怒りが表面に出て)知らないわよ、そんなことは。

   間。

瑞希 ……大体、あんた勝手に代表者とか決めていながら無責任なのよ。なに人任せにしてるの?
蔦田 ……いや、私も考えることは考えたんですが……いいアイデアが出なくて……。
瑞希 ならそれなりに、ちゃんと説明して進行してよ。
蔦田 ……したつもりですが……。
瑞希 もう、いいわ。あたし代表下りるから。勝手にして。
蔦田 あ、辻田さん。

   瑞希、憤然と去る。
   沈黙。居づらい間。

菜緒 とりあえず……、(やわらかい口調で)なにかオーナーさんで具体的に方向性が出てくるまで、会合は中止したらどうですか?
蔦田 そう……ですね。それでは、来週考えてきます。
菜緒 来週……ですか?
蔦田 そうですね。ちょっと、私のほうでも練り直しをさせてください。
菜緒 (ため息をつく)
蔦田 では、残念ですが本日は解散といたします。皆さんご苦労様でした。

   蔦田、ホワイトボードの文字を消す。そのあいだに、照と菜緒、雪乃は出て行く。
   蔦田、イレーサーを置き、傷心の様子で資料を持って去る。
   溶暗しかけて、幸平が現れる。

幸平 お待たせしました〜。あれ?(周りを見回す)

   溶暗。

SCENE 3

   205号室。
   菜緒はリビングのイスに座り、照は立ったままうろうろしている。

菜緒 (こめかみを押さえている)
照 ……頭痛?
菜緒 (うなずく)
照 ドライブやめる?
菜緒 行くよ! せっかく早く終わったんだから!

   照、キッチンに行く。

菜緒 もう、最悪ね、ここのオーナー。
照 (声)うん。
菜緒 せっかく新婚生活がスタートしたのに、あのオーナーがいると思うだけで幸せ度30%ダウンする。
照 (声)悪い人ではないんだけどね。(頭痛薬を持って戻ってくる)
菜緒 イライラする。あー、もう、なんであたしが作るなんていっちゃったんだろう。
照 (薬を差しだして)回覧板? 掲示板?
菜緒 どっちでもいいよ。(薬に)いい。
照 昔から、ほっとけないタイプだからね。(薬の「用量・用法」を見る)
菜緒 照くん、全然しゃべんないんだもん。
照 だって……。おれだって、アイディアとかないし。 
菜緒 仮にも代表でしょー。
照 なんで菜緒がおれの責任感にダメ出しするんだよ。さんざん代わってもらうようにけしかけたくせに。おれだって嫌だよ。

   照、薬を戻しにキッチンへ行く。

菜緒 だいたい、なんでオーナーが住民に干渉してくるの? 普通ある、そういう所?
照 (声)さぁ。聞いたことはない。
菜緒 そりゃあ、安全のために住民同士の連携を深めるって、いいことだと思うよ。よくTVでもいってるし。でもさ、なんでこんなに不愉快なの?
照 (戻ってきて)知らないよ。
菜緒 ……リーダーシップに欠けるんだよね。
照 まぁ、管理人だし。
菜緒 ……ああ、憂鬱。
照 ドライブで気分を変えようよ。
菜緒 ……うん。

   チャイムが鳴る。

菜緒 照くん出て。
照 オーナーかなぁ……?

   照、玄関に行き、鍵を開ける。
   幸平が現れる。

幸平 あの、会合はどうなりましたか?
照 あ、なんか、来週に持ち越しということになりましたよ。
幸平 え、そうなんですか?
照 はい。オーナーが改めて出直してくるということで……。
幸平 ああ……そうですか。あの、奥さんは声優をやってらっしゃった方ですか?
照 え? 違いますけど。
幸平 ああ、そうですか。ちょっと、「似てるなぁ〜」って思ったもので。
照 はぁ。
幸平 いい声してらっしゃいますよね。
照 そうですか? あまり声だけを考えたことがないですが……。
幸平 今度、その声優さんが出てる作品を見せてあげますよ。
照 いゃ……
幸平 それでは、また来週。奥さんにもよろしくお伝えください。
照 はい。

   幸平、去る。
   照、戻ってくる。

菜緒 なに?
照 菜緒の声がある声優さんに似てるんだって。
菜緒 はい? 誰?
照 誰かは聞いてない。
菜緒 そうじゃなくて、誰が来てたの?
照 3階の紺野さん。
菜緒 ああ……なんかきついニオイしてた隣の。
照 そんなこといったらダメだよ。じゃあ、出かける準備しよう。
菜緒 ……マンションって、人付き合いがなくて済むから気楽なのにねぇ。あたし、子供が出来ても 絶対近所のお母さんたちとは絡まないよ。
照 ……子供いつほしい?
菜緒 (驚いて)なんでこのタイミングでそんな話するの?
照 ……いや、ごめん。じゃあ、車出してくるよ。

   照、寂しそうに出て行く。

菜緒 ……実は身重なんだっていって引くかな。

   溶暗。

SCENE 4

   更に翌週の日曜日。昼。
   集会室。
   蔦田が、一人気合いを入れて待っている。

蔦田 (腕時計をちらっと見る。室内の時計をちらっと見る)

   雪乃が静かに現れる。

蔦田 あ。町田さん、こんにちは。
雪乃 (かぼそく)こんにちは……。
蔦田 皆さん、ちょっと遅れているみたいなので、先に座って待っていてください。
雪乃 はい……。(綺麗にラッピングされた袋を差し出し)あの……これ、皆さんに食べてもらおうと思って、クッキーを焼いてきたんです。
蔦田 あ〜、これはこれは。じゃあ、あとで皆さんで食べましょう。         

   蔦田、クッキーの袋を受け取り、テーブルの上に無造作に置く。
   沈黙。

蔦田 ……町田さんは……あれですか? 

   短い沈黙。

蔦田 ……あの、お勤めでらっしゃいます?
雪乃 ……はい。
蔦田 そうですか。……仕事は大変ですか?
雪乃 ……いえ。
蔦田 そうですか。……お一人暮らしでしたよね。
雪乃 ……はい。
蔦田 大変ですか?
雪乃 ……いえ。
蔦田 そうですか。

   沈黙。

蔦田 ……町田さんは……あれですか? ……スタジオタイプでしたよね、確か?
雪乃 ……はい。
蔦田 広くていいでしょう。
雪乃 ……はい。
蔦田 今……流行ってるみたいですね?
雪乃 ……。
蔦田 「シチューディオ」っていうみたいですね。「リビング」っていうよりお洒落みたいです。
雪乃 (小さくうなずく)
蔦田 お洒落な新築マンションって、大抵シチューディオがありますよ。
雪乃 (小さくうなずく)

   沈黙。

蔦田 ……皆さん、遅いですねぇ。

   幸平が現れる。

蔦田 あ。えーっと、紺野さん。こんにちは。
幸平 どうも。あれ? 皆さんまだですか?
蔦田 たぶん、若宮さんは原稿作りにギリギリまで追われてるんじゃないですかねぇ。
幸平 蘭さんと、牧さんは?
蔦田 えーっと、もうじき来ると思いますが。

   幸平、席に着く。

幸平 桜、散っちゃいましたねぇ。
蔦田 そうですねぇ。

   沈黙。

蔦田 紺野さ……
幸平 蘭さんっておいくつなんですか?
蔦田 いや、個人情報は……。
幸平 そうですよね〜。

   短い間。

幸平 結婚されてるんですかねぇ?
蔦田 なにか、離婚されたみたいですね。
幸平 (すごく興味を持って)そうなんですか。
蔦田 ええ。
幸平 辻田って今の苗字ですよね。じゃあ、「蘭」っていうのは……? わかった、一方的に別れを告げられて、まだ未練が残ってるんだ。それで、結婚時の苗字を名乗っている。ありえますよね?
蔦田 (ドアを開けて廊下を見る)
幸平 蘭さんって、子供いるんですかねぇ?
蔦田 確か、契約では子供一人と入居という話だったと思います。 
幸平 (興奮して)そうなんですか。いくつの子供ですか?
蔦田 いえ、そこまでは覚えてないですが……私がいったっていわないでくださいよ。あんまり個人的なことは個人情報法とかにひっかかるみたいですから。
幸平 わかりました。でも、オーナーから聞いたってすぐにわかりますよ。違う階ですし。
蔦田 それは、たまたま二人で歩いているところを見たとかですね……

   照が入ってくる。

照 あ、遅れてすみません。
蔦田 お待ちしていました。あれ、奥さんは?
照 あの……なんかお腹に子供が出来たみたいで。
蔦田 え? おめでたですか?
照 いや……
幸平 やるなぁ、あんたも。
蔦田 病院ですか?
照 三ヶ月で……
蔦田 三ヶ月。
幸平 気づかなかったなぁ。
蔦田 それはおめでとうございます。
照 (言い訳をするのが嫌になって)いや、嘘です。妊娠なんかしてません。
幸平 はあ?
照 気にしないでください。回覧板と掲示板の見本は持ってきましたので。 
幸平 わかった。ケンカしたんでしょう?
照 そんなことありませんよ。ちょっと、調子がすぐれないみたいで。

   回覧板と掲示板の見本を並べる。

蔦田 これはすごい。プロですね。
幸平 なんか悪いですねぇ。一人でやらせてしまって。
蔦田 じゃあ、早速使わせてもらいましょう。
照 あ、これはあくまで見本なので、これを元に考えてほしいということなので……。
蔦田 いやぁ、いいんじゃないですか? これで。問題あります?
幸平 わかりやすいですよね。
蔦田 このままで問題ないですよ。
照 あの、マンションの住民に呼びかけることなので、こういうことに気をつけてほしいとか、ここを徹底させたいとかを話し合わないと……。
蔦田 う〜ん……でも、ズバリここに書かれてるんですよねぇ。他にあれば、おいおいということでいいんじゃないですか?
照 え……。(菜緒に怒られると思って情けない顔に)

   照、席に着く。

蔦田 えーっ、それでは時間なので始めたいと思います。
幸平 まだ二人来てませんけど。
蔦田 先に始めてしまいます。そのほうがいいでしょ? えーっ、今日はですね、はっきりと私からの提案というものを考えてきました。まず……考えるべきことは二点あると思います。一つは、(ホワイトボードに書きながら)「マンション住民の連帯」。もう一つは「地域安全への貢献」だと思うんですね。

   うなずく出席者。

蔦田 そこで、私から提案したいのは、「マンション住民の連帯」のために、「誕生会・クリスマスパーティーなどを積極的に開く」ということです。

   間。

幸平 (手を挙げて)あの……いいですか?
蔦田 はい。
幸平 どこで開くんですか?
蔦田 誕生日を迎えた人の家ですね。
幸平 マンションの他の住民がみんな集まるんですか?
蔦田 人数的に問題があれば、各階という形でもいいと思います。
幸平 いったい一年に何回パーティーが開かれるんだろう?
照 それはちょっと……。先週強制はよくないと話が出ましたし。
蔦田 まぁ、「誕生会・クリスマスパーティーなど」、「など」ですから! 誕生会だけじゃなくていいんです。
幸平 クリスマスパーティーにしても……場所が問題ですよね。
照 場所と規模が……。
蔦田 別に会場を借りればいいんじゃないですか?
幸平 そこまでしますか。
照 う〜ん、なんにせよもっと議論しないといけないし、住民全員から意見を聞かないといけないんじゃないですかねぇ。
蔦田 なんか、考えてくればくるで文句をいわれて話が進まないですね。
照 いや、それは……
幸平 文句じゃないですよ。
照 こういうものですよ。ぼくも会社でよくたたかれました。プランを細かく吟味して、一つ一つ段階を踏んでいかないといけないんです。例えば、住民全員の意見を聞くのであれば、アンケートでも作ってみるとか。
蔦田 あ、いいですね。じゃあ、それをやってもらえますか?
照 え? いやいや。
蔦田 だって、私はパソコン使えませんし。
照 それにしたって、もう採用ですか?
蔦田 他にありますか?
照 え、う〜ん。まぁ、代表者が各階の住民の意見を聞くとかですかねぇ。
蔦田 なるほど。どっちがいいですか?
幸平 代表者すら揃ってない状態じゃ、議論も多数決もできないですよね。
蔦田 う〜ん……。とりあえず、5階の辻田さんと、6階の牧さん、それから若宮さんの奥さんがいらっしゃらないので……
照 あ(言おうとする)……
蔦田 今日もこれ以上議論が進まないですよねぇ……。せっかく、一週間で具体案を考えてきたんですが。しょうがない。じゃあ、とりあえずアンケートを作ってもらうということでお開きにしましょうか。
照 え、あの(言おうとする)……
幸平 他の人からの提案は聞かないんですか?
蔦田 ああ……。なにか新しい提案があった方、挙手をお願いします。 

   誰も手を挙げない。

蔦田 一週間あったんですがねぇ……。これじゃあ、無理ですね。じゃあ、また来週ということにしましょう。
幸平 ちなみにもう一つの提案はなんだったんですか?
蔦田 パトロールの実施と清掃活動ですね。
幸平 ああ、なるほど。それも議論が長くなりそうですね。
蔦田 なんで足並みが揃わないんでしょうねぇ。マンション住民が力を合わせるというのはとても良いことだと思うのですが。
幸平 まぁ、現代人は忙しくしてますしね。
蔦田 じゃあ、来週また。皆さん、お疲れ様でした。
幸平 はぁ〜あ、蘭さんに会えると思って楽しみだったんだけどなぁ。

   幸平、立ち上がる。カバンからDVDを一枚出す。

幸平 (照に)これ。「メトロポワン」のDVDです。
照 はい?
幸平 この主人公のポワンが奥さんの声とそっくりなんです。是非見てみてください。
照 あ……はい……ありがとうございます。
幸平 返すのはいつでもいいです。じゃ。

   幸平、出て行く。
   蔦田、ホワイトボードを消し始める。
   照、立ち上がり、蔦田の所に。

照 あの……アンケートは手書きでもいいと思うんですが……。
蔦田 なるべくならパソコンで印刷したもののほうがいいんじゃないでしょうかねぇ。   
照 ……。あ、紙代とかの経費は各自の負担になるのかと、妻が……。
蔦田 ああ、あの、わかるものであれば領収書を出していただけますか?
照 といっても、百枚単位とかじゃないですし。共用で使う紙とかありますか? 
蔦田 ああああ、じゃあ、ちょっと管理人室に来てもらえますか?
照 はい、わかりました。 

   蔦田と照、管理人室へ入っていく。
   残された雪乃。テーブルの上に置かれたクッキーを取り、哀愁と憎しみの表情で静かに去る。

SCENE 5

   205号室。昼。
   20枚くらいの紙の束とDVDを持って立つ照。足を組んで座っている菜緒。

菜緒 バカじゃないの。なんで、また仕事もらってきてんの?
照 流れでだよ。自分だってこの前仕事もらっちゃってたじゃん。 
菜緒 あたしやらないからね。
照 いいよ。これはおれがやるよ。
菜緒 妊娠中だからもう出られないっていってくれた?
照 あ……。
菜緒 いってないの?
照 いったんだけど、なんかうまく伝わらなくて……(正直に)嘘はよくないよ。
菜緒 (ため息をつく)……で、結局会合はどうなったの?
照 なんか、蘭さんと牧さんが来てなくて、議論が進まないからってお開きに。
菜緒 バカじゃないの。
照 うん……。
菜緒 やる意味あるの?

   照、黙って、パソコンの所へ行き起動させる。

菜緒 ……アンケートぐらいで済めばいいけどさ、このままだと色んなこと任されるんじゃないの?
他になんていってたの?
照 誕生会とかパーティーを開こうって。
菜緒 バッカじゃないの。
照 菜緒ー、最近口汚いよ。
菜緒 ごめんなさい。あたし、本当は結構口汚いの。
照 え……。(ショックを受ける)
菜緒 例えばさ、パーティーを開くにしても、パーティーの案内状に会場予約に、料理の注文に、記念写真に……そう、あたしの仕事と同じだよ。あたしらプロがチーム組んでも大変だったのに。今度はみんな照くんに任せられるかもよ。
照 おーい、恐いこというなよ〜。
菜緒 蘭さんと牧さんの気持ちがわかるわ。会合に出るだけ無駄。余計に仕事を増やされるだけよ。
照 でもさ、マンション住民のことだから、もしそういう企画が実際にやられるようになったら、協力しなかったって、冷たい目で見られるよ。賃貸物件だけどさ、住民とは仲良くやっておいた方がいいよ。 
菜緒 無理無理。あのオーナーじゃ、誰もついてこないよ。
照 でも、誰かがリーダーシップ取って、動き出したらわからないよ。やだなぁ。イベントに積極的に参加する人とそうじゃない人で派閥とかできたら。
菜緒 ありえるかも。そうなったら、本末転倒ね。
照 あ〜……大丈夫かなぁ。
菜緒 オーナーに協力するより、オーナーに諦めさせる努力をしたほうがいいんじゃないの?
照 そうだねぇ。
菜緒 (パソコンの画面を見て)エクセルでやるの?
照 うん。
菜緒 あ、それよりオークション、今どうなってるかな?
照 あとにしてよ。
菜緒 なんでー。

   短い間。

照 (気になって)なに入札したの? また家具?
菜緒 し・た・ぎ。
照 (困惑して)どんな下着だよ。
菜緒 セクシーなやつ。
照 ちょっと見るだけだよ。

   照、席を立つ。代わりに菜緒がパソコン前のイスに座り、オークションのサイトを開く。

菜緒 あ、まだ動きないや……。こういうの。

   照、画面の写真を見る。恥ずかしくなる。

菜緒 かわいいでしょ。
照 (恥ずかしさではにかむ)

   菜緒、イスをどく。照がまたパソコンに向かう。
   チャイムが鳴る。

照 ……オーナーかな。
菜緒 なんかこの前ドア開けられたのがトラウマになってるよね。あたしも一瞬そう思った。

   菜緒、玄関を開ける。蔦田が現れる。

蔦田 あ、どうも奥さん。つわりは大丈夫ですか?
菜緒 (驚きと不快が混じった顔で)……今、主人を呼んで参りますので……。 
蔦田 お二人に相談があるのですが。
菜緒 はい……?

   声を聞きつけた照が玄関に来る。

照 あ、どうも。
蔦田 あの……実は、さきほど5階の辻田さんと、6階の牧さんのところにいって、6階の牧さんは留守だったんですが、辻田さんはおりまして、あ、蘭さんですね、さきほども怒られた所でした。で、蘭さんは代表者を辞退したいというなんですね。
菜緒 はい……。
蔦田 それで、では代表者を誰かに代わってもらってくださいっていったら、また怒られてしまいますし、私も困っちゃいましてねぇ。
照 はい……。

   間。

蔦田 どうすればいいと思いますか?

   短い間。
   眉間に皺を寄せる菜緒。

照 どうすればといわれましても……。
蔦田 結局どんな理由で代表を辞退したいのかもわからないままですし……。ある程度年代も近い若宮さんなら、なにか心当たりあるかなぁと。
菜緒 わかりました。

   菜緒、部屋の中に戻り、本を取って戻ってくる。

菜緒 (本を渡しながら)これ。主人に買ったものですけど、お貸ししますので、読んで参考にされてください。
蔦田 あ、はい。これを読めば、なにかわかるんですか?
菜緒 ええ。
蔦田 ありがとうございます。じゃあ、ちょっと読んでみます。わざわざお訪ねしてすみませんね。それでは、また来週、よろしくお願いします。

   蔦田、去る。
   菜緒と照、リビングに戻る。

菜緒 ……もぅ、なにもいえない。いうだけ疲れる。
照 あの本……菜緒がイライラした人に贈る本?
菜緒 そうじゃないけど……まぁ、そうね。お茶でもしよう。
照 うん。

   菜緒、キッチンに入る。照は、またパソコンに向かう。ふと、幸平から借りたDVDを手に取る。そして、パソコンに入れる。アキバ系のアニメ「メトロポワン」がスタートする。
   オープニングを跳ばす。本編を見る。

照 似てるかなぁ……? よーく聞いたら……

   菜緒が紅茶を入れて、戻ってくる。

菜緒 なに見てるの? (引いて)なにこれ……?(身震いして)最悪……。
照 これが菜緒の声に似てるんだって。
菜緒 はぁ?
照 紺野さんがいってたんだよ。

   間。

菜緒 仲いいの?
照 そういうわけじゃないけど。
菜緒 あんまり付き合わない方がいいと思うよ。
照 なんで?
菜緒 気持ち悪い。
照 おいおい。

   照、DVDを取る。

菜緒 そういうの好きなの?
照 え? おれは違うよ。ただ紺野さんが一方的に。
菜緒 そういう趣味があったの? 
照 だから、これはただ単に菜緒の声に似てるとかで。
菜緒 あの人あたしに気があるんじゃないの?
照 そんなばかな。
菜緒 何? じゃあ、照くんに気があるんだよ。気持ち悪い。
照 そんなに変な人じゃないよ。自分は一回しか会ってないくせにそんな風にいうなよ。
菜緒 何かばってんの? 気持ち悪い。
照 そんな昼間から「気持ち悪い」を連発しないでよ。 
菜緒 だってしょうがないでしょ。そんなアキバ系の人が同じマンション住民だと思うだけで幸せ度50%減よ。
照 ……。
菜緒 (ぶっきらぼうに)お茶。
照 (ため息をつく)

溶暗。

SCENE 6

   日曜日。昼。
   集会室。
   集合時間はとっくに過ぎているようで、蔦田はしきりに時計を見て落ち着かない。出席者は幸平だけで、彼はアキバ系の雑誌を読みながら時間を潰している。

蔦田 (言葉に窮しつつ)すぐに集まると思いますので。今、若宮さんが呼びにいってますので……。
幸平 (呑気に)ああ……大丈夫ですよ。

   悩んでいる蔦田。

幸平 (雑誌を置き)ちょっと、缶コーヒー買ってきていいですか?
蔦田 え? あ……はい。

   幸平、部屋を出る。
   蔦田、一冊の本を紙袋から取り出す。菜緒から借りたリーダーシップに関する本である。

蔦田 (神妙な顔つきでページを開き、自分に言い聞かせるように)逃げずに諦めない。それが真のリーダー。(付箋をつけてあるページを開き)明確なビジョンを伝えよ……(また違うページを開き)部下の話をよく聞け……(また違うページを開き)勇気を持って決断せよ……。

   本をしまう。
   違う本を取り出す。自己啓発本のひとつである。

蔦田 (ページを開く。徐々に顔の表情が和らぐ)うん、なにも間違っていない……。

   本をしまう。
   今度は胸のポケットから写真を取り出す。孫の写真である。写真を眺めて、更に顔の表情がゆるむ。
   その時、幸平が戻ってくる。
   蔦田はすぐさま写真をしまい、にやけていた表情を必死に元に戻そうとする。

幸平 なに見てたんですか?
蔦田 いやいや、ちょっと孫の写真を……。
幸平 へぇ。

   幸平、イスに座る。缶コーヒーを開けて、一口飲む。室内を漫然と眺める。
   静寂。

幸平 ……なんか、こんな風に終わっちゃうんですかねぇ。
蔦田 なにがですか?
幸平 この会合です。
蔦田 ……。(強気で)いや、終わりませんよ。
幸平 でも……誰も来なくなっちゃったし。
蔦田 嘆かわしいことです。今の世の中、平和のために一致団結しようという気持ちがないんですかねぇ。今の世の中だからこそ必要なのに。 
幸平 被害者にでもならないと団結しませんよ。なにか問題が起こって、被害を被ったときには、徹底的に責任を追求して賠償を求めますがね。普段平和に暮らしている分には……。
蔦田 だけど、事件や問題が起こってからでは遅いんです。
幸平 まぁ、そうでしょうけど。起こらないうちはそっとしておいてほしいというのが今の世の中なんじゃないですか?

   照が入ってくる。

蔦田 あ。どうでしたか?
照 みんな留守ですね……。
蔦田 あぁ、連帯を深めようとしてるのにどんどん距離が遠くなる……。なんでなんだ。
照 なんか余計住みづらい環境に……。
蔦田 町田さんは真面目に出ておられたのに、何があったんでしょうか。一週間で色々練り直してきたんですけどねぇ。
照 どうしますか?
蔦田 また来週ということになりますかね。
照 あの……来週もまた同じようなことの繰り返しになると思うんですよ。ですから、その……決断してもらえませんか? 
蔦田 なにをですか?
照 ぼくは、会合を止めた方がいいと思うのですが……。
蔦田 (驚き)いや、止めたらそこで終わりです。どんな困難なことがあっても可能性を信じればいつかは成功するんです。
照 でも……。
蔦田 若宮さん、「でも」という言葉は使わない方がいいですよ。
幸平 ここで成功哲学を持ち出されてもどうにもなりませんよ。ぼくはもう終わっている状況だと思いますけど。
蔦田 (悲鳴のような声で)紺野さん、なんてことを!
幸平 でもねぇ。(照を見る)
照 (小さくうなずく)
蔦田 やっぱり、私はリーダーシップを取れる力なんてなかったんですね。最初から若宮さんの奥さんが進行してくれればよかったんです。
照 そんなことをいわれましても……。
蔦田 本、返します……。(本を返す)
照 あ……。
蔦田 (意を決して)わかりました。失敗は大事にすべきだと本に書いてありました。私はこの失敗を糧に、またやり直しますよ。いつか見ててください。私は必ずや「グランドピース春日」の二棟目を建てて、そこを助け合いと愛情に溢れた模範的なマンションにします。それでは、皆さん、さようなら。

   蔦田、去る。

幸平 ……なんか、ものすごく気分悪いですね。
照 敵に、されてしまいましたね……。

   短い沈黙。

照 どうします?
幸平 まぁ、お開きでしょう。それより「メトロポワン」見ました?
照 あ、そうだ、持ってきてたんです。
幸平 似てません?
照 いや、ぼくはなんともいえないですね。
幸平 そうですか?
照 あそこまで可愛い声じゃないですよ。
幸平 (笑って)なにいってるんですか。羨ましいですよ。
照 (DVDを渡す)どうもありがとうございます。
幸平 まだ他にも結構たくさんありますよ。よかったら、今からうちに来ませんか?
照 あ、そうですね……。じゃあ、ちょっと妻に電話してみますね。(携帯を取り出す)
幸平 ええ。ぼくのコレクションを見せてあげますよ。自慢のコレクションルームがあるんです。
照 へー、すごい。
幸平 このために2DKを借りたんですから。
照 (電話をかけ)あ、もしもし。会合、終わったよ。うん。いや、今日でおしまい。うん。オーナーもついに断念したよ。うん。それでさ、ちょっと紺野さんのとこに寄ってから帰ろうと思うんだ。 え? まぁ、いいじゃないの。そんなんじゃないよ。……。だからそんなんじゃないって。ちょっと寄るだけだから。うん。じゃあね。(電話を切る)
幸平 なにが「そんなんじゃない」んです?
照 いや、まぁ、なんでもないです。じゃあ、行きましょうか。
幸平 ホントあつあつで羨ましい。
照 いや……。 
幸平 結婚っていいもんですか?

   二人、話をしながら部屋を出て行く。
   蔦田がコップ酒を持って管理人室から出てくる。イスに座る。酒を飲む。

蔦田 (孫の写真を取りだす)……孫が死んでから6年。孫は近くに住んでいた面識もないマンションの住民に誘拐され、殺された。実は、最初の日に渡した資料には、私の孫が殺された事件の記事も載せていました。それでも皆さんは、他人顔。誰も、同情のひとかけらも、わずかの関心もなかった。そうでしょう? ……いつまでも他人の顔をしていては平和はもたらされないのです。それを、皆さんにはよくわかってほしい。

   沈黙。酒を飲む。

蔦田 ……今、そんな嘘をついても意味ないよなぁ。

   溶暗。

SCENE 7

   数日後。
   緊急会合。
   集会室には瑞希以外代表全員が集まっている。顔色がこれまでと違って真剣。蔦田は生き生きとしている。ちょうど、瑞希が焦燥感に満ちた顔つきで登場。

蔦田 あ、大丈夫でしたか?
瑞希 ええ、今は大分落ち着いて、リビングで横になっています。(席に座る)
幸平 心配しましたよ。
照 ホントに。
蔦田 えー、では、揃いましたので緊急会合を始めたいと思います。実は、皆さんには既にご連絡しました通り、蘭さんのお子さんの辻田萌ちゃんが先日当マンション内で不審な人物に声をかけられたという出来事がありました。幸い、萌ちゃんはなにもされておらず、無事ではあったのですが、まだ恐怖心が残っているということで蘭さんもご心配されております。そこで、一旦中止となった会合ですが、緊急会合という形で皆さんにはお集まりいただきました。こうして代表者が全員集まるということは初回の会合以来ですね。

   皆、やりにくいという表情。

蔦田 それでは、辻田萌ちゃんの今回の事件を踏まえて、いかに安全を確保すればいいのか、どのようにマンション住民が団結していけばいいのかということを話し合っていきたいと思います。
瑞希 あの。
蔦田 はい?
瑞希 進行はわたしがやってよろしいですか?
蔦田 え?
瑞希 皆さんに声をかけたのもわたしですし。
蔦田 とはいえ、グランドピースの会合ですから。
瑞希 じゃあ、そのグランドピースの代表者さんに多数決を取ってもらうというのはどうですか?
蔦田 多数決?
瑞希 オーナーが進行をしたほうがいいと思う方、手を挙げてください。

   誰も手を挙げない。

瑞希 わたしが進行をしたほうがいいと思う方、手を挙げてください。

   雪乃以外、皆、手を挙げる。

瑞希 決まりですね。
蔦田 (不満顔で)それは誘導尋問じゃないですか?
瑞希 どこが?
蔦田 まぁいいでしょう。私は争いが好きではありません。私は皆さんが真剣になってくれたことだけでも嬉しいですよ。
瑞希 それでは、進行を務めさせていただきます。よろしくお願いします。ええ、マンション内で不審者がいたという経緯はさきほどオーナーからお話がありましたが、牧さんも最近不審なことがあったんですよね? 
橙也 はい。2,3日前からなんですが、自宅の電話に無言電話がかかってきたり、会社の電話に「社長を尾けているぞ」という怪しい電話がかかってきていて、まぁ蘭さんの件とは関係がないでしょうが、最近物騒ですので皆さんもお気をつけた方がよいと思います。
幸平 無言電話は何回くらいかかってきたんですか?
橙也 1日4,5件ですね。会社のほうはこれまでに2回だけです。いやぁ、それでも正直、今会社のほうが忙しくててんてこまいですので、困ってしまいますよ。
照 せっかく家に帰っても休まらないですよね。
橙也 そうなんです。
蔦田 結局、自分自身のことばかり考えていたら解決しないんですよ。 
瑞希 どういうことですか?
蔦田 不審者というのは自分の周りからではなく突然現れますのでね。自分だけ守ろうというのではなく、皆で守ろうという意識があれば、不審者も入って来れないですよ。
瑞希 そうですね。
幸平 萌ちゃんはいくつなんですか?
瑞希 12です。
幸平 ちょうど狙われやすい年頃ですね。
雪乃 (挙手する)
瑞希 はい。えー(ちょっと思い出すのに時間がかかり)、町田さん、なんでしょう?
雪乃 防犯ビデオには写っていないんですか?
瑞希 オーナー。
蔦田 あ、はい。申し訳ないんですが、うちには防犯ビデオがないんですよ。
橙也 つけたほうがいいですよ。会合を催す前に、簡単にできることがあるじゃないですか。
蔦田 いや、管理人がおりますから。
瑞希 あなたが管理人でしょ? で、不審者に気づかなかったんでしょ? ちゃんと出来てないじゃないですか?
蔦田 まぁ……でも、私もご飯を食べに出たりはしますし……。
瑞希 自分の管理不行き届きを棚に上げて偉そうにいわないでください。
橙也 管理人がいようがいまいが、防犯ビデオはつけたほうがいいですよ。
瑞希 そうですね。オーナー、お願いします。
蔦田 わかりました……。ちょっと予算のほうを見て、検討したいと思います。
瑞希 予算といっても、あれだけ高い管理費を取ってるんですから、防犯ビデオの1台や2台簡単に設置できるでしょ?
幸平 それはいえてる。アキバで安い店知ってますよ。
蔦田 わかりました。すぐに設置します。
瑞希 大体あなた、全然責任を感じてないじゃないですか。
蔦田 いえ、感じています。
瑞希 (蔦田を睨んでいる)
雪乃 (挙手する)
瑞希 (挙手に気づいて)あ、はい、町田さん。
雪乃 牧さんの会社への電話は、男の人の声でしたか?
橙也 はい、男ですね。
雪乃 なにか特徴は?
橙也 そうですね……
幸平 なにか刑事みたいですね。
橙也 若い感じではなかったみたいですね。
雪乃 特徴はできるだけすぐに、詳しく聞いておいた方がいいと思います。萌ちゃんの件についてもそうです。なにか特徴はありませんでしたか? 
瑞希 さきほど病院から戻ってきたところで、詳しくは聞いていませんが、マスクと帽子をしていて、中年で、短足の男らしいです。
蔦田 (思わず)短足。
瑞希 なにか心当たりが?
蔦田 いえ、別に。
橙也 似顔絵でも描いてもらったらどうですか?
瑞希 そうですね。いくらか、落ち着いたみたいなので、早速描かせてみます。
蔦田 12才の子供じゃ、満足に書けないでしょう。

   一瞬の間。

蔦田 しかも、マスクに帽子もしてたんでしょう?
雪乃 描いてもらった方がいいと思います。大まかな特徴はわかるはずですから。
橙也 そうですね。服装の色や形も手かがりになるかもしれないし。
蔦田 あの、不審者を割り出そうということに意味はないと思いますよ。 
瑞希 なぜですか?
蔦田 既に逃げて手がかりがつかめない相手のことよりも、マンションの住民がいかに団結して安全な環境を作るかが問題なんです。犯人探しであれば警察に任せればいいんです。もっとも犯罪が起こったわけではないので、「周辺のパトロールを強化します」といわれるだけでしょうが。
瑞希 (怒って)あなたなんなの? 実際に起こったことを無視して安全な環境もないでしょ?

   沈黙。

橙也 似顔絵はエントランスにはりだして、マンションの全住民にもコピーを配りましょう。そして不審者を見なかったかということと、他に被害を受けた人はいないかということを確認しましょう。
瑞希 そうですね。
照 なにかできることがあればなんでもいってください。
瑞希 ありがとう。では、早速今から萌に描かせてみます。
蔦田 今からですか?
瑞希 今が一番でしょ。なんでそこであなたが驚くんですか?
幸平 萌ちゃんが大丈夫なら呼んできて描いてもらったらいいですよ。
蔦田 ちょっと、これから集会室を使う予定がありまして……。
瑞希 ああ、大丈夫。うちでやりますから。よろしかったら皆さんもいらしてください。ここだとごちゃごちゃうるさい人がいますから。
幸平 いいですねー。
橙也 いいんですか?
瑞希 ええ。萌も、これだけ協力してくれる人がいるとわかれば不安も和らぐはずです。どうぞ。 

   蔦田、雪乃を除いて、皆席を立ち、部屋を出て行く。蔦田は管理人室に入ろうと立ち上がる。雪乃が携帯を蔦田に向ける。

雪乃 オーナー。写真を撮ってもよろしいですか?
蔦田 町田さん……変なことをしないでください。写真を撮ってどうするんですか? 
雪乃 もちろん、萌ちゃんに見せるんです。
蔦田 (当惑して)なんのために?
雪乃 「この人に見覚えありませんか」って?
蔦田 やめてください! けしからん!
雪乃 あなたは嘘をつけないとても素直な人です。でも最初から作り笑いが苦手で、今も動揺を隠すことが出来ていません。
蔦田 なにを!
雪乃 やりとりを聞いていてあまりにも不自然な点が多すぎるんです。あなたの言葉、タイミング、表情。そして、急に起こった不審な出来事。わたしの所にも1度無言電話がありましたが、皆会合を欠席した人たちです。
蔦田 サスペンスドラマの真似事はやめてください。
雪乃 自分自身のことばかり考えていたらダメだといったあなたが、今や自分自身のことばかり考えている。違いますか? あなたがもう少し他人のことを思いやることが出来れば、もう少し客観的に見ることが出来れば、自作自演する必要はなかったでしょうに。

   雪乃、写真を撮る。
   そして、集会室から出ようとする。
   慌てて、雪乃の腕を掴む蔦田。

蔦田 私が悪かったです。その写真は見せないでください。ただ、皆さんの安全と連帯への意識を高めようと思ってやっただけなんです。
雪乃 自白ですか?
蔦田 ごめんなさい。もうしませんので、今回のことは内密に。

   間。

蔦田 お願いします。

   雪乃、カバンからこの前のクッキーを取り出す。

雪乃 ……じゃあ、今度こそ、みんなに配りなさい。わたしの焼いたクッキー。

   雪乃、クッキーを蔦田に渡す。

蔦田 (よくわかっていないながら)はい。

   雪乃、去る。
   クッキーをまじまじと見る蔦田。
   溶暗。

SCENE 8

   205号室。午前。
   照はスーツ姿。リビングで新聞を読んでいる。
   菜緒はテレビを見ている。

照 (新聞を置いて)そろそろ会社に行くかな。
菜緒 うん。
照 いやだなぁ。
菜緒 なにいってんの。
照 野次馬がいるかもしれないじゃん。
菜緒 いるよ、絶対。
照 いやだなぁ。新聞もおもしろおかしく描いてるし、テレビでも取り上げられて笑われてるしさ。
菜緒 そりゃ笑うでしょ。
照 インタビューとか受けたらどうしよう?
菜緒 事件じゃないんだから。すぐにおさまるよ。
照 おさまっても、この地域の人たちにはずっと笑われ続けるんだよ。 
菜緒 引っ越ししかないね。
照 無理だよ。目一杯頑張って、ここに越してきたんだから。会社行っても笑われるよなぁ。
菜緒 まだ今日は平気よ。明日くらいからじゃない?
照 勘弁してよ。やっぱ休もうかな。
菜緒 それもいいんじゃない?
照 冷たいなぁ。
菜緒 呆れかえってるだけ。ここに住んでるだけで、幸せ度90%減だわ。新婚なのに……。
照 ……。

   チャイムが鳴る。

照 誰だろう?

   照、玄関へ。
   瑞希が現れる。

照 あ、どうも。
瑞希 見た?
照 見てますよ。新聞もテレビも。
瑞希 すごいことになっちゃったね。
照 本当ですよ。
瑞希 一躍有名ね。
照 笑い事じゃないですよ。
菜緒 おはようございます。
瑞希 おはよう。お互い大変よね。
菜緒 ええ。
瑞希 さっき、オーナーが詫びに来たんだけどね。マンション管理は管理会社に委託することになるって。で、その管理会社の人も来てたんだけど、防犯カメラもつくし、警備会社とも契約するから安心してって。
菜緒 よかった。
瑞希 説明会を開くらしいから、また連絡が来ると思うわ。それと……これ、ディズニーのチケットなんだけど、あげる。
菜緒 え? どうしてですか!
照 いいんですか?
瑞希 うん。今度行く予定で買ってたんだけど、萌への謝罪ってことで、ディズニーの年間パスポートもらったの。うちって離婚してるじゃない? 月に2回は前のダンナと会うことにしてるんだけど、これで毎回行くことになりそうよ。
菜緒 へー、萌ちゃんはディズニー好きなんですか?
瑞希 もう、大好き。よく、ドナルドとかプーさんの絵を描いてるもん。
照 それであんなに絵が上手かったんだ。
瑞希 まぁね。特徴捉えてたでしょ。短足で。
照 笑えました。
瑞希 絵も笑えたけど、いきなりクッキーを新聞受けに入れていったのが一番笑えるよね。絶対、こいつなにかおかしいって思うもん。
照 びっくりしましたよ。なんでクッキーを入れたんでしょうね?
瑞希 謎。

   3人、笑う。

照 牧さんにはなにか謝罪があったんですかねぇ?
瑞希 彼は、会社の名前が新聞に載ったから、それで満足なんじゃない?
照 なるほど、広告になりますもんね。
瑞希 結構傾いてたらしいから、いい方向に働くといいね。
照 そうですね。
瑞希 そうだ。今度うちでパーティーでもやろうと思うの。そうしたら来てね。
照・菜緒 はい、是非。
瑞希 出勤前にごめんなさいね。じゃあ。
照 ありがとうございました。

   瑞希、去る。

菜緒 やったー。
照 よかったね。
菜緒 もう日曜日に会合もないし、今度の日曜はディズニーにいけるね?
照 うん。急に機嫌がよくなったね。
菜緒 女ってそんなもんよ。
照 じゃあ、会社に行ってくるよ。
菜緒 頑張ってね。いってらっしゃい。

   音楽。
   照、カバンを持って玄関へ。
   菜緒が照のほっぺたにキスをする。

   幕。

 

 

 

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